ギリシャ神話の地図
1アドラストス2エリピュレ3テュデウス4カパネウス5エテオクレス6アンピアラオス7クレオン8テセウス

テーバイ攻めの七将

Ἑπτὰ ἐπὶ Θήβας出来事

人間の五つの時代4 / 1

七つの門をもつ町テーバイに、七人の将が攻め寄せた。生きて帰ったのは、そのうち一人だけだった。

「テーバイ攻めの七将」。父を殺し母を妻にした王オイディプスの、二人の息子の争いから始まった戦いである。トロイア戦争の一世代前に起きたこの戦いを、はじめから見ていこう。

オイディプスが国を去ったあと、息子のエテオクレスとポリュネイケスは、1年ずつ交代で王位につくと取り決めた。アポロドーロスによれば、一方が約束の年が来ても王位を渡さず、ポリュネイケスは国を追われた。彼は、家に伝わる首飾りと衣を持って、ギリシャ南部のアルゴスへ向かった。

アルゴスの王アドラストスの館に夜着いたポリュネイケスは、同じように故郷を追われてきた男テュデウスと、門の前で取っ組み合いになった。騒ぎに出てきた王は、かつて予言者に言われたことを思い出した。娘たちを、猪と獅子に嫁がせよ。見れば二人の盾には、猪と獅子の前半身が描かれている。王は二人を娘婿にし、それぞれを故郷へ戻してやると約束した。まずテーバイだった。

ところが、予言者のアンピアラオスは、この遠征に加われば、アドラストス以外は一人残らず死ぬと見抜いていた。自分も行きたくないし、皆にもやめるよう説いた。ポリュネイケスは、彼を戦に引き出す手を探した。アンピアラオスは以前、王と争ったとき、今後の争いの裁きは妻に任せると誓っていたのである。ポリュネイケスは、その妻に首飾りを贈った。夫からは、ポリュネイケスの贈り物を受け取るなと言われていたのに、妻は受け取り、夫に出陣を命じた。アンピアラオスは出陣する前に、息子たちに言い残した。大人になったら母を殺し、テーバイを攻めよ。

七人の将がそろった。顔ぶれは出典によって違う。アポロドーロスの数え方では、ここまでに出てきた四人に、豪傑カパネウス、もう一人の将、そして女狩人アタランテの息子が加わって七人になる。アイスキュロスの悲劇ではアドラストスが外れ、代わりに別の将が入る。

進軍の途中、ネメアで水を探していたとき、一行を泉へ案内した乳母がそばを離れたすきに、預けられていた王の赤子が蛇に殺された。アンピアラオスは、これは先行きの凶兆だと告げ、一行は赤子を葬って、その霊をなぐさめる競技会を開いた。これがネメア競技祭の始まりだという。

テーバイに着くと、まずテュデウスが使者として町に入り、約束どおり王位を渡せと迫った。聞き入れられないと、テーバイの男たちに次々と一騎打ちを挑み、すべて勝った。帰り道には50人の伏兵が待ち伏せていたが、テュデウスは一人を残して皆殺しにした。

七人の将は、七つの門にそれぞれ陣取った。テーバイの守り手たちは、盲目の予言者に勝つ方法を尋ねる。答えは、王家の若者が自ら軍神アレスへの生贄になれば勝てる、というものだった。若者は門の前で自分の命を絶った。

戦いが始まった。テーバイ勢を城壁まで追いつめたカパネウスは、梯子をつかんで城壁をよじ登っていった。その瞬間、ゼウスの雷が彼を打った。アルゴス勢は崩れ、逃げはじめた。

両軍が見守るなかで、兄弟は王位をかけて一騎打ちをし、互いを刺して死んだ。テュデウスは腹を突かれて倒れた。女神アテナは、彼を不死にする薬をゼウスにもらって駆けつけた。ところが、テュデウスを恨んでいたアンピアラオスが、彼を刺した敵の首を切って渡すと、テュデウスはその頭を割って脳をすすった。それを見たアテナは、嫌悪して薬を与えるのをやめた。

逃げるアンピアラオスの背に敵の槍が迫ったとき、ゼウスの雷が大地を裂き、彼は戦車と御者ごと地の底へ消えた。ゼウスは彼を不死にしたという。予言どおり、生き残ったのは、神の血を引く馬に乗って逃げたアドラストスただ一人だった。

戦いのあと、テーバイの新しい王クレオンは、攻めてきた者たちの遺体を葬ることを禁じた。兄を葬ったアンティゴネの悲劇は、ここから始まる。アドラストスはアテナイへ逃れて助けを求め、英雄テセウスが軍を率いて遺体を取り戻した。

アポロドーロスによれば10年ののち、倒れた将たちの息子たちが、父の仇を討つために、ふたたびテーバイへ攻め上る。『イリアス』では、その息子の一人が、父たちは自分の愚かさで滅んだが、自分たちは七つの門のテーバイを落とした、と胸を張っている。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ピンダロス『祝勝歌集』、アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』、ソポクレス『アンティゴネ』、エウリピデス『嘆願する女たち』、エウリピデス『フェニキアの女たち』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』

この物語の人々

こういう風にも語られている

アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』(前467年)の顔ぶれ: 斥候が一人ずつ報告し、エテオクレスが守将を当てていく。テュデウス(プロイトスの門)対メラニッポス、カパネウス(エレクトラの門)対ポリュポンテス、エテオクロス(ネイストスの門)対メガレウス、ヒッポメドン(オンカのアテナの近くの門)対ヒュペルビオス、パルテノパイオス(北の門、アンピオンの墓の向かい)対アクトル、アンピアラオス(ホモロイスの門)対ラステネス、そして第七の門のポリュネイケスには、エテオクレス自身が向かう。アドラストスは七人に入っていない。ソポクレス『コロノスのオイディプス』のポリュネイケスが挙げる七人も同じ顔ぶれ。

アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』 前467年上演、ソポクレス『コロノスのオイディプス』 前401年上演(作者の死後)

エウリピデス『フェニキアの女たち』(前410年頃)の顔ぶれ: 使者の報告では、パルテノパイオス(ネイタイの門)、アンピアラオス(プロイトスの門)、ヒッポメドン(オギュゲスの門)、テュデウス(ホモロイスの門)、ポリュネイケス(泉の門)、カパネウス(エレクトラの門)、アドラストス(第七の門)。アイスキュロスのエテオクロスが消え、アドラストス本人が七将に入る。門の割り当てもほとんど入れ替わっている。

エウリピデス『フェニキアの女たち』 前410年頃上演

アポロドーロス(1〜2世紀)の顔ぶれ: アドラストス、アンピアラオス、カパネウス、ヒッポメドン、ポリュネイケス、テュデウス、パルテノパイオス。そのうえで「テュデウスとポリュネイケスを数えず、イピスの子エテオクロスとメキステウスを入れる者もいる」と書き添える。門の割り当ては、アドラストス(ホモロイス)、カパネウス(オギュゲス)、アンピアラオス(プロイトス)、ヒッポメドン(オンカ)、ポリュネイケス(ヒュプシスタイ)、パルテノパイオス(エレクトラ)、テュデウス(クレナイ)で、悲劇のどちらとも一致しない。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

奉納像の顔ぶれ: パウサニアスは、アルゴス人がデルポイに奉納した「ポリュネイケスと共にテーバイを攻めた将たち」の像として、アドラストス、テュデウス、カパネウス、エテオクロス、ポリュネイケス、ヒッポメドン、戦車に乗るアンピアラオスと御者バトン、そしてアリテルセスを挙げる。パルテノパイオスが無く、悲劇にも神話集にも出てこないアリテルセスが並ぶ。隣にはエピゴノイの像もあった。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

ローマ以後の語り

ネメア競技祭の起源: アポロドーロスによれば、七将は進軍の途中ネメアで水を求め、乳母ヒュプシピュレが泉へ案内するあいだに、預けられていた赤子オペルテスが蛇に殺された。アンピアラオスはこれを未来の凶兆と読み、赤子をアルケモロス(「破滅の始まり」)と呼んで、将たちは彼のためにネメア競技を始めた。競走ではアドラストスが馬、テュデウスが拳闘、ポリュネイケスがレスリング、パルテノパイオスが弓で勝った。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃

アルゴス王アドラストスの館で、亡命してきたポリュネイケスとテュデウスが夜に争いになる。アドラストスは、娘たちを猪と獅子に嫁がせよという予言者の言葉を思い出し、二人の盾に猪と獅子の前半身が描かれていたので、両者を娘婿にして帰国を約束した。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

アンピアラオスは、以前アドラストスと争った際、今後の争いの裁きを妻エリピュレに任せると誓っていた。ポリュネイケスは、夫から贈り物を受け取るなと言われていたエリピュレに首飾りを贈り、彼女は夫に出陣を命じた。アンピアラオスは出陣前、成長したら母を殺しテーバイを攻めよと息子たちに命じた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

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腹を突かれたテュデウスのために、アテナはゼウスに願って不死の薬を持ってきたが、テュデウスを恨むアンピアラオスが、彼を刺したメラニッポスの首を切って渡すと、テュデウスは頭を割って脳をすすり、それを見たアテナは嫌悪して薬を与えなかった。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

テイレシアスは、クレオンの子メノイケウスが自らアレスへの犠牲になればテーバイは勝つと告げ、メノイケウスは門の前で自害した。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

もっと詳しく

ホメロスでの扱い: 七人の名簿は無い。『イリアス』では、テュデウスがポリュネイケスとミュケナイへ援軍を求めに来たが、ゼウスの悪い前兆で断られた話や、テュデウスがテーバイに葬られていることが語られる。ディオメデスの仲間ステネロスは「父たちは自らの愚かさで滅んだが、我々は七門のテーバイを落とした」と言い、父の世代の敗北と子の世代の勝利を対比する。『オデュッセイア』は、アンピアラオスが「女の贈り物のために」テーバイで死んだとだけ触れる。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

盾の図柄: アイスキュロスでは、カパネウスの盾には松明を持つ裸の男と「町を焼く」の文字、ポリュネイケスの盾には彼を連れ帰る「正義(ディケ)」の女神が描かれる。アンピアラオスの盾だけは図柄が無く、「最善に見えることではなく、最善であることを望む」からだと語られる。エウリピデスでは、パルテノパイオスの盾に母アタランテが猪を射る姿、カパネウスの盾に町を担ぎ上げる巨人、アドラストスの盾にアルゴスの誇りである百の蛇のヒュドラが描かれる。

アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』 前467年上演、エウリピデス『フェニキアの女たち』 前410年頃上演

結末: 予言者テイレシアスの言葉に従いクレオンの子メノイケウスが自らを犠牲にし、テーバイは持ちこたえる。カパネウスは雷に打たれ、エテオクレスとポリュネイケスは一騎打ちで相討ち、他の将も倒れて、アドラストスだけが神馬アレイオンに乗って逃げ延びた。ピンダロスは、七つの火葬の薪が若者たちの遺体を焼いたと歌う。『イリアス』でもアレイオンは「アドラストスの足の速い、神々の血を引く馬」として名が出る。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半、エウリピデス『フェニキアの女たち』 前410年頃上演、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

寄港地

  1. 1アドラストス
  2. 2エリピュレ
  3. 3テュデウス
  4. 4カパネウス
  5. 5エテオクレス
  6. 6アンピアラオス
  7. 7クレオン
  8. 8テセウス
ほかのつながり(2人)

出来事・場所・物

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このページの出典(12件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前700年頃ヘシオドス『仕事と日』
  4. 前5世紀前半ピンダロス『祝勝歌集』
  5. 前467年上演アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』
  6. 前441年頃上演ソポクレス『アンティゴネ』
  7. 前420年代後半上演エウリピデス『嘆願する女たち』
  8. 前410年頃上演エウリピデス『フェニキアの女たち』
  9. 前401年上演(作者の死後)ソポクレス『コロノスのオイディプス』
  10. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  11. 1〜2世紀頃ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』
  12. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』