ギリシャ神話の地図
アテナ守った女神テーバイ攻めた町ディオメデス息子アドラストス義父ポリュネイケス相婿エテオクレス乗り込んだ先の王アンピアラオス恨んだ予言者オイネウス父

テュデウス

Τυδεύς英雄

テーバイ攻めの七将3 / 8

女神アテナが、不死にする薬を手に、瀕死の英雄のもとへ駆けつける。ところがその目の前で、英雄は敵の首を割り、中の脳をすすっていた。女神は顔をそむけ、与えるはずだった不死を取りやめた。

後の神話集が伝えるこの凄惨な最期の主が、テュデウスである。『イリアス』では、アテナにいちばん愛された勇者の一人だったはずの男。その生涯を追ってみよう。

テュデウスは、ギリシャ西部のある国の王子だった。ところが人を殺して、故郷を追われる。殺した相手は、伝えによって父の兄弟だったとも、自分の兄弟だったとも、父に陰謀を企てた者たちだったともいう。

逃れた先はアルゴスだった。夜、王の館の前で、テュデウスはもう一人の亡命者と鉢合わせし、取っ組み合いになる。相手は、兄弟に王位を奪われてテーバイを追われた王子だった。騒ぎを聞いて出てきたアルゴス王は、二人の盾を見てはっとする。一人の盾には猪の前半身、もう一人の盾には獅子の前半身が描かれていた。王はかつて、娘たちを猪と獅子に嫁がせよ、と予言されていたのである。王は二人を娘婿に迎え、それぞれを故郷へ帰してやると約束した。

こうして始まったのが、七人の将がテーバイを攻めた戦争である。

戦の前、テュデウスはただ一人、使者としてテーバイへ乗り込んだ。『イリアス』で総大将アガメムノンが語るところでは、テーバイの王の館では宴が開かれていた。よそ者は一人きりだったが、少しも臆せず、居並ぶテーバイの男たちに力比べを挑み、アテナの助けで全員を負かしてしまった。怒ったテーバイ人は、帰り道に50人もの伏兵を置く。テュデウスはそのすべてを殺し、神々のしるしに従って、ただ一人だけを生かして帰した。

アテナ自身も、のちにこう振り返っている。テュデウスは体は小さかったが、戦士だった。私がおとなしくしていなさいと言ったのに、テーバイの若者たちに挑んで、全員に勝ってしまったのだ、と。

悲劇作家アイスキュロスの『テーバイを攻める七将』では、テュデウスは城の門の前で、真昼の蛇のようにわめき散らす荒武者として描かれる。一緒に戦う予言者が、不吉なしるしが出ているから川を渡るなと止めると、臆病者と罵った。予言者のほうは、テュデウスを人殺し、町を乱す者、アルゴスに災いを教える者、と呼び返している。

テーバイの戦いで、テュデウスは敵の一人に腹を刺された。息も絶え絶えのところへ、アテナがゼウスから授かった薬を持ってくる。そこへ、出陣を強いられてテュデウスを恨んでいた、あの予言者が動いた。テュデウスがいまわの際に討ち取った相手の首を切り落として、彼に投げ与えたのである。テュデウスはその頭を割り、脳をすすった。それを見た女神は嫌悪し、不死の恵みを取り上げた。

テュデウスの息子ディオメデスは、のちにトロイア戦争で活躍する勇将になる。『イリアス』でディオメデスは、父はテーバイの地で盛り土の下に眠っている、と語っている。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』、パウサニアス『ギリシア案内記』

この物語の人々

こういう風にも語られている

故郷を追われた理由は出典で割れる。アポロドーロスが並べるのは、(1)オイネウスの兄弟アルカトオスを殺した、(2)叙事詩『アルクマイオニス』の作者によれば、オイネウスに陰謀を企てたメラスの息子たち8人を殺した、(3)ペレキュデスによれば、自分の兄弟オレニアスを殺した。ヒュギヌスは、狩りの最中に兄弟メナリッポスを殺したとする。いずれにしてもアグリオスに訴えられてアルゴスへ逃げた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃

猪と獅子: アドラストスは「娘たちを猪と獅子に嫁がせよ」という予言を受けていた。アポロドーロスでは、テュデウスの盾に猪の前半身が描かれていたため、ヒュギヌスでは、テュデウスが「カリュドンの猪を思い出させるため」に猪の皮をまとっていたため、彼が「猪」にあたった。カリュドンの猪狩りとテーバイ攻めが、この一頭の猪でつながる。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃

イスメネ殺し: 前7世紀の詩人ミムネルモスは、イスメネがテオクリュメノスと交わっているところを、アテナにそそのかされたテュデウスが殺したと歌った、とソポクレス『アンティゴネ』の古い梗概は伝える。悲劇では、イスメネは兄たちの死後も生きている。

ミムネルモス『エレゲイア詩断片』 前7世紀後半、ソポクレス『アンティゴネ』 前441年頃上演

ローマ以後の語り

死の逸話: テーバイ方のメラニッポスに腹を刺されたテュデウスのもとに、アテナがゼウスから得た薬を持って来て彼を不死にしようとした。ところが出兵を強いられてテュデウスを憎んでいたアンピアラオスが、メラニッポスの首を切って渡し、テュデウスはそれを割って脳をすすった。女神は嫌悪して恩恵を取りやめた。ホメロスには無い話で、アポロドーロスが伝える。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ポリュネイケスが夜にアルゴス王アドラストスの館を訪れると、カリュドンから逃れてきていたテュデウスと取っ組み合いになった。騒ぎに出てきたアドラストスは、二人の盾に猪と獅子の前半身が描かれているのを見て、娘たちを猪と獅子に嫁がせよという予言を思い出し、二人を婿に迎えて故郷に帰すと約束した。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

もっと詳しく

『イリアス』4歌: アガメムノンは戦いをためらって見えるディオメデスを叱り、父テュデウスの話をする。テュデウスはただ一人、使者としてテーバイのエテオクレスの館に入り、宴の席のカドモスの民に力比べを挑んで、アテナの助けで全員を負かした。怒ったテーバイ人が帰り道に50人の伏兵を置くと、彼はハイモンの子マイオンだけを神々の前兆に従って帰し、残りを皆殺しにした。アガメムノンは「その息子は戦では父に劣り、弁舌では勝る」と締めくくる。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

『イリアス』5歌: アテナ自身がディオメデスに「テュデウスは体は小さかったが戦士だった」と語り、自分が宴でおとなしくしているよう言ったのに、テーバイの若者に挑んで全員に勝った、と思い出す。10歌ではディオメデスが夜襲の前に、父がアソポス河畔から使者としてテーバイへ行ったときのように自分にも付き添ってほしいとアテナに祈る。ホメロスのテュデウスは、アテナに愛された勇者として描かれている。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

墓: ディオメデスは『イリアス』で、父テュデウスは「テーバイで盛り土に覆われている」と語る。2世紀のパウサニアスは、テーバイのプロイトスの門からカルキスへ向かう道沿いに、メラニッポスの墓と、その近くのテュデウスの墓とされる三つの粗石を見ている。テーバイの郷土史家は、テュデウスを葬ったのは伏兵のなかで一人生かされたマイオンだと言い、その根拠にこの『イリアス』の一行を引いたという。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

アイスキュロス『七将』では、プロイトスの門に陣取り、予言者アンピアラオスが凶兆を理由にイスメノス川を渡らせないのに苛立って、真昼の蛇のようにわめき、彼を臆病者となじる。盾には星空と満月が描かれている。対するアンピアラオスは、テュデウスを「人殺し、町の騒乱の元、アルゴスへの禍の教師」と罵る。

アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』 前467年上演

ほかのつながり(3人)

家族・恋愛

敵対・殺害

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このページの出典(8件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前7世紀後半ミムネルモス『エレゲイア詩断片』
  3. 前467年上演アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』
  4. 前441年頃上演ソポクレス『アンティゴネ』
  5. 前410年頃上演エウリピデス『フェニキアの女たち』
  6. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  7. 1〜2世紀頃ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』
  8. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』