ギリシャ神話の地図
アンティゴネ婚約者クレオン父スフィンクス食った怪物オイディプス婚約者の父ポリュネイケス婚約者の兄テイレシアス警告した予言者テーバイ故郷
岩屋で、命を絶ったアンティゴネを見つけるハイモン。フュースリの絵。

ハイモン

Αἵμων人間

岩屋で、命を絶ったアンティゴネを見つけるハイモン。フュースリの絵。 『アンティゴネの亡骸を見つけるハイモン』 ヨハン・ハインリヒ・フュースリ 1800年 ハンティントン・ライブラリーPublic domain

同じ一人の若者が、ある作品では恋人のあとを追って命を絶ち、別の作品では、それよりずっと前に怪物スフィンクスに食われている。テーバイの王子ハイモンは、書き手によって運命がまるで違う人物である。

では、いちばんよく知られたソポクレスの悲劇『アンティゴネ』を中心に、ハイモンの物語を見ていこう。

ハイモンは、テーバイの王クレオンの息子だった。婚約者は、オイディプスの娘アンティゴネ。アンティゴネの二人の兄は、王位を争って相討ちで死んだ。新しく王になったクレオンは、国を攻めてきた側の兄の遺体を葬ることを禁じ、野ざらしにせよと命じた。アンティゴネはこの命令に逆らって兄を弔い、捕らえられた。クレオンは彼女を、生きたまま岩屋に閉じ込めることにした。

野ざらしにされた兄の亡骸のそばに立ち尽くすアンティゴネ。
野ざらしにされた兄の亡骸のそばに立ち尽くすアンティゴネ。『ポリュネイケスの亡骸の前のアンティゴネ』 ニキフォロス・リトラス 1865年Public domain

父の前に進み出たハイモンは、はじめは従順だった。父上、私はあなたのもの。けれどそのうえで、町の人々が口には出さずにアンティゴネを哀れんでいることを伝え、考え直してほしいと訴えた。一人の人間だけのものである国は、国とは言えない、と。クレオンは耳を貸さず、息子を女の言いなりだと罵った。ハイモンは言い残して去った。彼女が死ねば、もう一人を道連れにして死ぬだろう。

やがて盲目の予言者の警告を受けて、クレオンは考えを改め、岩屋へ急いだ。だが遅かった。アンティゴネはすでに首を吊っていて、ハイモンがその亡骸を抱いて泣いていた。父の姿を見たハイモンは、その顔に唾を吐き、剣を抜いて斬りかかった。剣はそれた。ハイモンはそのまま自分の脇腹に剣を突き立て、アンティゴネを抱いたまま息絶えた。知らせを聞いた母も、自ら命を絶った。

悲劇作家エウリピデスの『フェニキアの女たち』では、クレオンがアンティゴネに、息子ハイモンとの結婚を命じている。アンティゴネは、婚礼の夜に夫を殺した伝説の娘たちのようになってやる、と言って拒み、盲目の父の追放に付き従う道を選んだ。

後の時代の神話集が伝えるハイモンは、もっと早くに死んでいる。スフィンクスの謎を解けないテーバイの人々が次々に食われ、最後に犠牲になったのがクレオンの息子ハイモンだった。これをきっかけに、クレオンは、謎を解いた者に王国を与えると布告する。こちらの話では、ハイモンはオイディプスが王になる前に死んでいて、アンティゴネと婚約することもない。

ローマ時代の別の神話集は、さらに別の結末を伝えている。

この物語の出典: ソポクレス『アンティゴネ』、エウリピデス『フェニキアの女たち』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』

この物語の人々

こういう風にも語られている

死に方(1)ソポクレス: 考えを改めたクレオンが岩屋に着くと、首を吊ったアンティゴネを抱くハイモンがいた。彼は父の顔に唾を吐き、剣を抜いて斬りかかるが外れ、そのまま自分の脇腹に剣を突き立て、アンティゴネを抱いて死ぬ。知らせを聞いた母エウリュディケも自害する。

ソポクレス『アンティゴネ』 前441年頃上演

死に方(2)スピンクスの犠牲: アポロドーロスでは、スピンクスの謎を解けずに多くのテーバイ人が食われ、最後にクレオンの息子ハイモンが食われた。これを機にクレオンは、謎を解いた者に王位とライオスの妃を与えると布告する。この形では、ハイモンはオイディプスが王になる前に死んでおり、アンティゴネとの婚約は成り立たない。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

死に方(3)ヒュギヌス: クレオンはアンティゴネを処刑させるため許嫁ハイモンに引き渡したが、ハイモンは羊飼いに彼女を預けて殺したと偽った。生まれた息子が成人してテーバイの競技に来たとき、竜の子孫の家系にある体の印でクレオンに見抜かれる。ヘラクレスのとりなしも実らず、ハイモンはアンティゴネを殺して自らも死んだ。

ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃

もっと詳しく

ソポクレス『アンティゴネ』の父子の対話: ハイモンは最初「父上、私はあなたのもの」と従順に始め、町の人々がひそかにアンティゴネに同情していることを伝え、「一人の人間だけで治める国は国ではない」と父に考え直しを求める。クレオンが聞き入れず、息子を女の奴隷と罵ると、ハイモンは「彼女は死んでも、もう一人を道連れにする」と言い残して去る。

ソポクレス『アンティゴネ』 前441年頃上演

エウリピデス『フェニキアの女たち』では、兄弟が相討ちで死んだ後、クレオンがアンティゴネに息子ハイモンとの結婚を命じる。アンティゴネは「その夜、私はダナオスの娘の一人になる」(新婚の夜に夫を殺したダナイデスのように)と拒み、盲目の父の追放に付き従う道を選ぶ。

エウリピデス『フェニキアの女たち』 前410年頃上演

ホメロスにもハイモンの名は出てくる。『イリアス』4歌で、使者テュデウスを待ち伏せた50人の伏兵の将の一人が「ハイモンの子マイオン」で、テュデウスはこのマイオンだけを生かして帰した。クレオンの子ハイモンと同一人物かどうかは『イリアス』からは分からない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

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このページの出典(5件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前441年頃上演ソポクレス『アンティゴネ』
  3. 前410年頃上演エウリピデス『フェニキアの女たち』
  4. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  5. 1〜2世紀頃ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』