ギリシャ神話の地図
ゼウス縁結びアテナ導き手アレス軍神ディオニュソス孫エウロペ妹テーバイ建てた都ハルモニア妻セメレ娘
竜の歯をまくカドモス。パリッシュの挿絵。

カドモス

Κάδμος英雄

竜の歯をまくカドモス。パリッシュの挿絵。 『竜の歯をまくカドモス』 マックスフィールド・パリッシュ 1908年Public domain

ギリシャ人は、もともと文字を知らなかった。歴史家ヘロドトスはそう書き、ギリシャに文字を運んできたのは、ひとりの王子とともに海を渡って来たフェニキア人たちだったと伝えている。自分でも、その王子の名を冠した「カドモスの文字」が刻まれた古い鼎を、テーバイの神殿で見たという。

では、文字を運んだと言われた王子カドモスが、神話の中でどんな旅をしたのか、たどってみよう。

カドモスは、フェニキアの王の息子である。ある日、妹のエウロペが姿を消した。神々の王ゼウスが、おとなしい牡牛に化けて近づき、背中に乗せたまま海を渡ってクレタ島へ連れ去ったのだった。父の王は息子たちに命じた。妹を見つけるまで、帰ってくるな。

カドモスは母とともに妹を探し歩いたが、見つからない。母が旅先で亡くなると、ギリシャのデルポイで神託を仰いだ。答えはこうだった。妹のことは忘れよ。一頭の牝牛のあとをついて行き、牛が疲れて倒れた場所に町を建てよ。

牛の群れの中から一頭を選んでついて行くと、牛は野を越え、ある場所でどさりと座り込んだ。それが、のちの都テーバイの地である。

カドモスは牛を女神アテナに捧げようと、仲間に泉の水を汲みに行かせた。ところがその泉は軍神アレスのもので、恐ろしい竜が番をしていた。仲間たちは次々に殺される。怒ったカドモスは竜を討ち取った。

泉を守る竜に襲われるカドモスの仲間たち。奥では、カドモスが槍で竜に挑んでいる。
泉を守る竜に襲われるカドモスの仲間たち。奥では、カドモスが槍で竜に挑んでいる。『カドモスの仲間を食らう竜』 ヘンドリック・ホルツィウス 1588年 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

アテナが勧めた。竜の歯を地面にまきなさい。まいた跡から、武装した男たちが次々に生えてきた。男たちは互いに殺し合い、最後に5人だけが生き残った。「まかれた者たち」と呼ばれた彼らが、テーバイの名門の祖先になる。

竜はアレスの聖なる獣だった。償いとして、カドモスは「永遠の一年」、つまり8年のあいだ、アレスに仕えなければならなかった。

務めを終えると、アテナの計らいで王位が与えられ、ゼウスは花嫁を授けた。軍神アレスと愛の女神アプロディテの娘、ハルモニアである。神々はみな天を離れて町へ下り、婚礼を祝って歌った。カドモスは花嫁に美しい衣と首飾りを贈った。この首飾りは、のちの世代にまで災いをもたらす品になっていく。

二人のあいだには娘が4人生まれた。ところが、その娘たちと孫たちの身に、次々と不幸が降りかかる。娘のひとりはゼウスに愛され、酒の神ディオニュソスを身ごもったが、雷とともに現れたゼウスの本当の姿を前にして息絶えた。別の娘は、女神ヘラに正気を奪われて我が子を抱いたまま海に身を投げた。孫のひとりは、女神アルテミスの水浴びを見てしまったために鹿に変えられ、自分の猟犬に食い殺された。

年老いたカドモスは、妻とともにテーバイを去り、北の地へ移って、その国の王になった。

ローマの詩人オウィディウスは、二人の最期をこう描く。カドモスは妻と昔を語り合ううち、つぶやいた。私が槍で貫いたあの竜は、神聖な蛇だったのではないか。神々がこれほど怒っているのなら、いっそ私も蛇になってしまえばいい。言い終わるなり、体は長く伸び、肌にうろこが生え、舌は二つに裂けた。妻は、私も同じ蛇に変えてくださいと神々に叫び、夫を抱きしめた。やがて二匹の蛇は寄り添って、森の奥へ消えていった。

蛇になったカドモスを抱きしめる妻ハルモニア。
蛇になったカドモスを抱きしめる妻ハルモニア。『カドモスとハルモニア』 イーヴリン・ド・モーガン 1877年Public domain

もう一つの伝えでは、蛇になった二人は、ゼウスによって死後の楽園エリュシオンへ送られたという。

この物語の出典: ヘシオドス『神統記』、ヘロドトス『歴史』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』

この物語の人々

ローマ以後の語り

アポロドーロスの形: 妹探しをあきらめてデルポイで神託を問うと、「エウロペのことは詮索するな。牝牛について行き、牛が疲れて倒れた所に町を建てよ」と告げられる。ポキスを抜け、ボイオティアを通った牛が伏したのが今のテーバイの地だった。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

牛をアテナに捧げるため水を汲みに行かせると、アレスの泉を守る竜(アレスの子とも)が従者たちを殺す。カドモスは竜を倒し、アテナの勧めでその歯を地にまく。武装した男たちが生え出て互いに殺し合い、生き残った5人(エキオン、ウダイオス、クトニオス、ヒュペレノル、ペロロス)が「まかれた者(スパルトイ)」としてテーバイの名家の祖になった。竜を殺した償いとして、カドモスは「永遠の一年」、つまり8年間アレスに仕えた。

オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ゼウスはアレスとアプロディテの娘ハルモニアを妻に与え、神々がみな天を離れてカドメイア(テーバイの城砦)で婚礼を祝った。カドモスが花嫁に贈った衣と、ヘパイストス作の首飾りは、のちにテーバイ攻めの因縁となる品として語り継がれる。首飾りの贈り主については、ヘパイストスがカドモスに与えたという説と、エウロペがゼウスからもらったものだとするペレキュデスの説がある。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

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晩年、カドモスとハルモニアはテーバイを去ってイリュリアへ行き、そこで王となる。最後は二人とも蛇(竜)に変えられた。アポロドーロスでは、ゼウスが蛇になった二人をエリュシオンの野へ送る。オウィディウスでは、一族の不幸の原因は自分が殺したアレスの竜ではないかと嘆くカドモスが、そのまま蛇になり、妻も後を追って蛇になる。

オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ゼウスが牡牛に化けてエウロペをクレタへ連れ去ると、父アゲノルは息子たちに妹を見つけるまで帰るなと命じた。カドモスは母テレパッサとトラキアに住み、母の死後デルポイで神託を問うた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

カドモスの娘セメレはゼウスの雷に打たれて死に、イノはヘラに狂わされて息子メリケルテスとともに海に身を投げ、アウトノエの子アクタイオンは鹿に変えられて自分の犬に食われた。一族には不幸が続く。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

オウィディウスでは、年老いたカドモスは、自分が殺した蛇が神聖なものだったのかと問い、神々の怒りがそれほどなら自分も蛇になりたいと言った途端に蛇に変わる。ハルモニアは自分も蛇にしてくれと叫び、二匹は寄り添って森へ去った。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

もっと詳しく

ホメロスではカドモスは「イノの父」として名前が出るだけ。ヘシオドス『神統記』は、アプロディテの娘ハルモニアがカドモスとの間にイノ、セメレ、アガウエ、アウトノエ、ポリュドロスを生んだと系譜を記す。竜退治やテーバイ建国の物語は、後代の資料でまとまって読める。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、ヘシオドス『神統記』 前700年頃

ヘロドトスは、カドモスとともに来たフェニキア人が、それまでギリシャ人の知らなかった文字をもたらしたと書く。自分でもテーバイのアポロン神殿で「カドモスの文字」の刻まれた鼎を見たと述べている。神話の英雄が、歴史家によって文字伝来の担い手として扱われている例。

ヘロドトス『歴史』 前430年頃

ほかのつながり(6人)

家族・恋愛

  • アガウエ子

    『神統記』975-976 / 3.4.2 /『バッコスの信女』1216-1300

  • アゲノル親

    アポロドーロス3.1.1、ヘロドトス4.147、『変身物語』3.8「アゲノルの子」、ヒュギヌス6

  • ペンテウス孫

    『バッコスの信女』213-214 カドモスが国を譲った孫 / 3.5.2

仲間・師弟

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このページの出典(8件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  2. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  3. 前5世紀前半ピンダロス『祝勝歌集』
  4. 前430年頃ヘロドトス『歴史』
  5. 前405年上演エウリピデス『バッコスの信女』
  6. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  7. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  8. 1〜2世紀頃ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』