ギリシャ神話の地図
アキレウス行き先の割れる英雄アイネイアス訪ねた英雄タルタロス分かれ道の反対メネラオス送られる男カドモス住人ペレウス住人冥界隣り合う国アンキセスそこで待つ父

エリュシオン

Ἠλύσιον πεδίον場所

英語で「エリュシアン」といえば、この上なく幸せな、という意味になる。16世紀から使われてきた言葉で、もとはギリシャ神話で選ばれた者が死後に行く楽園、エリュシオンの名だ。

では、その楽園には誰が行けたのか。古い詩から順に見ていこう。

いちばん古い姿は、『オデュッセイア』の中にある。トロイア戦争のあと帰り道に迷ったスパルタ王メネラオスは、エジプトの沖で海の老人の神を捕まえ、帰り道を聞き出した。そのとき海の老人は、思いもよらない予言をつけ加える。メネラオスよ、あなたは故郷で死ぬ定めにはない。不死の神々が、あなたを大地の果てのエリュシオンの野へ送るだろう、と。

そこでは暮らしがこの上なく楽で、雪も、激しい冬も、雨もない。大洋の流れからいつも西風がそよそよと吹いてきて、人を涼ませる。そこには、クレタ王ミノスの兄弟だった裁き手も住んでいる。

メネラオスがこの楽園に行ける理由は、英雄だからでも、善い行いをしたからでもなかった。妻がヘレネで、神々から見ればゼウスの娘婿にあたるから。エリュシオンはここではまだ、死者の国ではない。選ばれた者が、死なずに送られる場所だった。

『仕事と日』にも、よく似た場所が出てくる。英雄たちの一部は、大地の果て、渦巻く大洋のほとりの「至福者の島」で、悲しみを知らずに暮らしている。そこでは大地が年に三度、蜜のように甘い実りをもたらすという。詩人ピンダロスは、その島に住む英雄として、英雄アキレウスの父や、テーバイを建てた英雄の名を挙げた。アキレウス本人も、母の女神がゼウスを説き伏せて、そこへ連れて行ったのだという。

ところが『オデュッセイア』のアキレウスは、冥界にいる。オデュッセウスが冥界を訪ねたとき、アキレウスの霊は言った。死者すべての王になるくらいなら、地上で貧しい男に雇われて畑を耕すほうがましだ、と。英雄の死後の居場所は、伝えによってまったく違う。

ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネイス』になると、エリュシオンは冥界の中に移される。冥界の分かれ道で、左へ行けば罪人が罰を受ける奈落。右の道の先、冥王の城壁を過ぎたところがエリュシオンだ。そこは紫の光に包まれた明るい野で、この野だけの太陽と星がある。人々は草の上で競い合ったり、歌い踊ったり。祖国のために戦って傷ついた者、清らかな生涯を送った祭司、神にふさわしい言葉を語った詩人たちが、そこで暮らしている。

トロイアから逃れてきた英雄アイネイアスは、この野で亡き父に再会した。父は両手を差し伸べ、涙を流して迎える。アイネイアスは三度父を抱きしめようとし、三度とも、その姿は風か夢のように腕をすり抜けた。父は息子に、忘却の川のほとりに群がる魂たちを見せる。千年の巡りを終えた魂は、この川の水を飲んで前の生を忘れ、ふたたび地上の体へ戻っていくのだ、と。

この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『仕事と日』、ピンダロス『祝勝歌集』、プラトン『饗宴』、ウェルギリウス『アエネイス』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

こういう風にも語られている

ホメロスで「エリュシオンの野」が出てくるのは一度だけ。海の老人プロテウスがメネラオスに、あなたはアルゴスで死ぬ定めではなく、神々によって大地の果てのエリュシオンの野に送られる、と予言する。そこには金髪のラダマンテュスが住み、雪も嵐も雨もなく、オケアノスが西風を送って人を涼ませる。理由は、メネラオスがヘレネの夫で、神々から見てゼウスの婿だから。つまり死者の国ではなく、死なずに行く特別な場所だった。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

ヘシオドスは、英雄の種族の一部が、大地の果て、渦巻くオケアノスのほとりの「至福者の島」で悲しみを知らずに暮らし、大地が年に三度実りを与える、と歌う。ピンダロスは、そこでラダマンテュスの裁きのもとにペレウス、カドモス、そして母テティスがゼウスを説き伏せて連れて行ったアキレウスが暮らすとする。

ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃、ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半

ウェルギリウスでは、エリュシオンは冥界の中にある。冥界の分かれ道で左はタルタロス、右はディス(冥王)の城壁をへてエリュシオンへ通じる。そこは紫の光に満ちた明るい野で、自分の太陽と星をもち、祖国のために傷ついた者、清らかな祭司、敬虔な詩人たちが歌い踊る。アイネイアスはここで亡き父アンキセスに会う。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

ローマ以後の語り

ギリシャ語 Ἠλύσιον の語源は不明で、ギリシャ語以前の地中海の言語から入った可能性があるとされる。英語 Elysian は1570年代、Elysium は1590年代から使われ、「この上ない幸福の状態」の比喩にもなった。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

パリの大通りシャンゼリゼ(Champs-Élysées)は、フランス語で「エリュシオンの野」そのもの。日本大百科全書によれば、1664年にコルベールの命で整地が始まり、1709年にシャンゼリゼ(楽園の原)と名づけられた。

小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』 1984-94年刊、随時改訂(2026年9月閲覧)、平凡社『改訂新版 世界大百科事典』 2007年改訂(2026年9月閲覧)

『アエネイス』でアイネイアスはエリュシオンの谷で父アンキセスに会い、三度抱こうとして三度すり抜けられる。アンキセスは、レテ川のほとりに群がる魂は、千年の巡りを終えてこの川の水を飲み、記憶を失って再び体に戻ろうと望むのだ、と説く。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

ウェルギリウスのエリュシオンでは、人々が草の上で競技をし、踊り歌う。祖国のために戦って傷ついた者、清らかな祭司、アポロンにふさわしい言葉を語った敬虔な詩人たちが住む。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

もっと詳しく

アキレウスの死後の居場所は出典で食い違う。『オデュッセイア』では冥界にいて、「死者の王であるより、地上で貧しい男の雇われ人でいたい」とオデュッセウスに語る。ピンダロスやプラトン『饗宴』では、至福者の島に送られたとされる。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半、プラトン『饗宴』 前4世紀前半

ほかのつながり(1人)

仲間・師弟

  • ハルモニア訪れた側

    3.5.4 カドモスと共に蛇に変えられ、ゼウスによってエリュシオンの野へ送られる /『バッコスの信女』1338-1339「祝福された者たちの地」

今の言葉に残る

シャンゼリゼ(Champs-Élysées)パリの大通りの名は、フランス語で「エリュシオンの野(Élysées の野 champs)」、つまりギリシャ神話で英雄や善人が死後に住む楽園の名から来ている(平凡社『世界大百科事典』)。日本大百科全書によれば、1664年にコルベールの命で整地が始まり、1709年にシャンゼリゼ(楽園の原)と名づけられた。

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このページの出典(10件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  2. 前700年頃ヘシオドス『仕事と日』
  3. 前5世紀前半ピンダロス『祝勝歌集』
  4. 前405年上演エウリピデス『バッコスの信女』
  5. 前4世紀前半プラトン『饗宴』
  6. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  7. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  8. 1984-94年刊、随時改訂(2026年9月閲覧)小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』
  9. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
  10. 2007年改訂(2026年9月閲覧)平凡社『改訂新版 世界大百科事典』