アポロドーロスでは、エウロペがゼウスとの間にクレタでミノス、サルペドン、ラダマンテュスを産み、クレタ王アステリオスが育てた。ラダマンテュスは島の人々に法を定めたが、のちにボイオティアへ逃れてアルクメネと結婚し、世を去ってからはミノスとともにハデスの国で裁判官を務める。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Ῥαδάμανθυς人間
冥界の玉座に並ぶ神々。19世紀の浮き彫りの石版画。 『冥界(中央部分)』 ルートヴィヒ・マック(原作)、ルドルフ・ローバウアー(石版) 1829年Public domain
死んだ魂がたどり着く牧場には、分かれ道があるという。一方の道は、幸いな者たちの住む島へ。もう一方は、底なしの奈落タルタロスへ。どちらへ進ませるかを決めるのは、そこに座る裁判官たちだ。哲学者プラトンが対話篇『ゴルギアス』の中で、ソクラテスに語らせた死後の裁きの話である。
裁判官は三人いて、みなゼウスの息子だった。アジアから来た死者を裁くのがラダマンテュス、ヨーロッパから来た死者を裁くのがアイアコス。二人が決めかねたときに最後の判断を下すのが、クレタの王ミノスだという。
死者の国の裁判官になったラダマンテュスは、もとはどんな人物だったのか。たどってみよう。
ラダマンテュスは、ゼウスが白い牡牛に化けて海を渡らせ、クレタ島へ連れていった王女エウロペの息子である。ホメロスの『イリアス』でも、ゼウス自身が、名高いポイニクスの娘がミノスと神のようなラダマンテュスを産んだ、と語っている。エウロペをポイニクスの娘とする言い伝えもあった。つまりラダマンテュスは、ミノタウロスの迷宮で知られるミノス王の兄弟だった。

アポロドーロスの神話集によれば、兄弟はクレタの王に育てられた。ラダマンテュスは島々の人々のために法を定めたが、のちにギリシャ本土のボイオティアへ逃れ、英雄ヘラクレスの母アルクメネを妻にした。アルクメネの夫が戦いで死んだあとのことで、ラダマンテュスはヘラクレスの義理の父になったわけだ。
その法は、ヘラクレスを救ったこともある。少年のヘラクレスは竪琴の先生に打たれてかっとなり、竪琴で打ち返して死なせてしまった。人殺しの罪で裁かれたとき、ヘラクレスが持ち出したのが、不当に襲ってきた相手から身を守った者は罪に問われない、というラダマンテュスの定めた法だった。ヘラクレスは無罪になった。
ホメロスの『オデュッセイア』は、ラダマンテュスをいつも「金髪の」と呼ぶ。大地の果ての楽園エリュシオンの野に住み、そこでは雪も嵐もなく、いつも西風がそよいでいる。海の民の国の王は、自分たちの船がどれほど速いかを自慢して、昔、金髪のラダマンテュスを遠いエウボイア島まで送り届け、その日のうちに帰ってきたことがある、と語る。
紀元前5世紀の詩人ピンダロスでは、正しく生きた者が死後に行く幸いな者たちの島で、ラダマンテュスがものごとを正しく取りはからっている。偉大な父なる神が、そばに置いて片腕とする者として。その島には、アキレウスの父ペレウスや、テバイを築いた英雄、そしてアキレウス自身もいるという。
楽園の住人は、やがて死者の裁判官になる。プラトンの語る話では、魂は体をはぎ取られ、裸のまま裁判官の前に立つ。ラダマンテュスはその魂をじっと見つめる。偽りの誓いや不正でむち打たれたような傷だらけの魂を見れば、治る見込みがあるかどうかの印をつけてタルタロスへ送る。正しく生きた魂、ことに自分のなすべきことだけをして生きた哲学者の魂を見れば、感心して幸いな者の島へ送り出す。
ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネーイス』では、ラダマンテュスは奈落の底でいちばん厳しい国を治めている。罪人をむち打ち、その言い逃れを聞き、生きているあいだに隠しとおし、償いを死ぬまで先延ばしにした悪事を、残らず白状させるのだという。

生きているあいだは法を作る人、死んだあとは魂を裁く人。ギリシャ人が思い描いた「正しい裁き手」の姿が、この人物に重ねられてきた。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ピンダロス『祝勝歌集』、プラトン『ゴルギアス』、ウェルギリウス『アエネイス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
アポロドーロスでは、エウロペがゼウスとの間にクレタでミノス、サルペドン、ラダマンテュスを産み、クレタ王アステリオスが育てた。ラダマンテュスは島の人々に法を定めたが、のちにボイオティアへ逃れてアルクメネと結婚し、世を去ってからはミノスとともにハデスの国で裁判官を務める。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスの別の箇所では、ゼウスの子ラダマンテュスは、アンピトリュオンの戦死後にアルクメネと結婚し、ボイオティアのオカレアイに亡命者として住んだ。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ヘラクレスは竪琴の師リノスに打たれて逆上し、竪琴で打ち殺した。殺人の罪で裁かれたとき、「不当に攻撃してきた者から身を守った者は罪に問われない」というラダマンテュスの法を引いて無罪となった。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ウェルギリウスでは、タルタロスの最も過酷な国を「クノッソスのラダマントゥス」が治め、罪を罰し、偽りを聞き、生前に隠して死ぬまで償いを延ばした悪事を白状させる。そのあと復讐の女神ティシポネがむちで罪人を打つ。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
『イリアス』では、ゼウスがヘラに向かって過去の恋を数え上げる中で、「名高いポイニクスの娘が、ミノスと神のようなラダマンテュスを私に産んだ」と言う。ここでは母エウロペの名は出ず、父はポイニクス。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
『オデュッセイア』では、エリュシオンの野に「金髪のラダマンテュス」が住むとされる。またパイエケス人の王アルキノオスは、自国の船の速さの証しに、金髪のラダマンテュスを大地の子ティテュオスに会わせるため最も遠い地エウボイアへ運び、その日のうちに帰ってきたことを挙げる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ピンダロスでは、三度生まれ変わって魂を不正から守り通した者が行く「幸いな者たちの島」で、ラダマンテュスの正しい采配のもと、ペレウス、カドモス、母に連れてこられたアキレウスらが暮らす。レアの夫である大いなる父が、彼をそばに置く補佐役としている。
ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半
プラトン『ゴルギアス』の神話では、ゼウスは自分の息子たち、アジアからミノスとラダマンテュス、ヨーロッパからアイアコスを死者の裁判官にし、幸いな者の島とタルタロスへの道が分かれる牧場で裁かせる。アジアの死者はラダマンテュス、ヨーロッパの死者はアイアコスが裁き、ミノスが最終判断を下す。ラダマンテュスは裸の魂に刻まれた不正の傷を見て、治る見込みの有無の印をつけてタルタロスへ送り、哲学者のような正しい魂は幸いな者の島へ送る。
プラトン『ゴルギアス』 前4世紀前半
3.1.1(エウロペの子)
523e-524a ともに冥界の裁判官
アポロドーロス3.1.2 死後ミノスとともにハデスの国で裁判官を務める。『ゴルギアス』523e-526c アジアから来た死者を裁く