ポセイドンから贈られた見事な牡牛を、ミノスは約束に反して生贄にせず自分の群れに入れた。怒ったポセイドンはパシパエにその牡牛への恋を吹き込み、ダイダロスが造った木の雌牛の中に入った彼女が牡牛と交わって、牛の顔と人の体をもつ子を生んだ。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Μινώταυρος怪物
壁にもたれて海を見張るミノタウロス。ワッツの絵。 『ミノタウロス』 ジョージ・フレデリック・ワッツ 1885年 テートPublic domain
なぜ、そんなことになったのか。
始まりは、王の約束破りである。クレタの王ミノスは、王位を争っていたとき、自分は神々から国を授かったのだと言い張った。証拠に、祈ればなんでもかなう、と。そこで海の神ポセイドンに、海の底から牡牛を送ってください、現れたらその牛を捧げます、と祈った。見事な牡牛が海から上がり、ミノスは王になった。ところが、彼は約束の牛を自分の群れに入れ、別の牛を捧げてしまう。
ポセイドンは怒り、牡牛を荒々しくしたうえで、王妃がその牛に恋い焦がれるように仕向けた。王妃が頼ったのは、アテナイから逃れてきていた名工ダイダロスである。ダイダロスは車輪のついた木の雌牛を作り、中をくりぬいて本物の牛の皮を張り、牧場に置いた。王妃がその中に入ると、牡牛がやってきて、本物の雌牛と思って交わった。

こうして生まれた子は、顔が牛で、体は人間だった。ミノスは神託に従い、この子をダイダロスの造った迷宮ラビュリントスに閉じ込めて見張らせた。一度入ると、入り組んだ道に迷って二度と出られない建物である。
怪物の食べ物になったのは、アテナイの若者たちだった。ミノスの息子がアテナイで命を落とし、怒ったミノスはアテナイに攻め込んだ。飢饉と疫病に苦しんだアテナイ人が神託を仰ぐと、ミノスの望むとおりの償いをせよ、と告げられる。ミノスの要求は、7人の若者と7人の乙女を、武器を持たせずに差し出すことだった。アポロドーロスでは毎年、オウィディウスでは9年ごとに、彼らは迷宮へ送り込まれた。
三度目の貢ぎ物の中に、アテナイの王子テセウスがいた。くじで選ばれたとも、自分から名乗り出たともいう。クレタに着くと、ミノスの娘アリアドネが彼に恋をした。アテナイへ連れて行って妻にしてくれるなら助ける、と言う。テセウスが誓うと、アリアドネはダイダロスに迷宮から出る方法を尋ね、その知恵で、テセウスに糸玉を持たせた。
テセウスは入口に糸の端を結びつけ、糸を引きながら奥へ進んだ。迷宮のいちばん奥にいた怪物を、拳で打ち殺す。それから糸をたどって外へ出た。その夜のうちに、アリアドネと若者たちを連れて島を離れた。怪物と、怪物を倒す手引きをした娘は、同じ母から生まれた、父の違うきょうだいだった。

意外なことに、『イリアス』と『オデュッセイア』には、この怪物が出てこない。『イリアス』はクレタの都でダイダロスがアリアドネのために踊り場を造ったことを、『オデュッセイア』はテセウスがアリアドネをクレタから連れ出したことを語るが、牛頭の怪物も迷宮も出てこない。
後の時代には、怪物などいなかったのだと言う人たちもいた。伝記作家プルタルコスが伝えるところでは、クレタの人々は、迷宮とはただ逃げ出せない牢獄のことで、ミノタウロスとは、ミノスに仕えた横暴な将軍タウロスのことだ、と話していたという。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、プルタルコス『対比列伝(英雄伝)』
ポセイドンから贈られた見事な牡牛を、ミノスは約束に反して生贄にせず自分の群れに入れた。怒ったポセイドンはパシパエにその牡牛への恋を吹き込み、ダイダロスが造った木の雌牛の中に入った彼女が牡牛と交わって、牛の顔と人の体をもつ子を生んだ。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
オウィディウスは「牡牛と若者の二つの姿をもつ」怪物、「母の不義の恥」と呼び、ミノスが恥を隠すために迷宮に閉じ込めたとする。アテナイの若者を9年ごとに食べさせられ、3度目のくじでテセウスに倒された。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
合理化した説もある。プルタルコスが伝えるピロコロスによれば、クレタ人は「迷宮は逃げられないだけの牢獄で、ミノタウロスとは、ミノスの将軍で横暴だったタウロスという男のことだ」と言っていた。パシパエとの醜聞もこのタウロスの話にすり替わっている。
プルタルコス『対比列伝(英雄伝)』 2世紀初頭
息子アンドロゲオスをアテナイで失ったミノスはアテナイを攻め、神託に従ったアテナイは毎年(オウィディウスでは9年ごとに)7人の若者と7人の乙女を武器を持たせずに差し出した。これが迷宮の怪物の餌になった。
オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスは、この子の名はアステリオスで、ミノタウロスは呼び名だったとする。クレタでエウロペの夫となった王の名もアステリオスである。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
テセウスは3度目の貢ぎ物として(自ら志願したともいう)クレタへ行き、アリアドネが結婚を条件に、ダイダロスに教わった糸玉を渡す。テセウスは糸を入口に結んで入り、迷宮の最奥でミノタウロスを拳で打ち殺し、糸をたどって出た。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ホメロスにミノタウロスは出てこない。『イリアス』はクノッソスでダイダロスがアリアドネのために踊り場を造ったこと、『オデュッセイア』はテセウスがアリアドネを連れ出したことに触れるが、怪物も迷宮も語られない。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
アポロドーロス3.1.4、ディオドロス4.77.3、『変身物語』8.155-156