ギリシャ神話の地図
ミノス王ダイダロス名工アリアドネ王女イドメネウス出征した王ミノタウロス迷宮の怪物アキレウス盾の持ち主クレタ島島

クノッソス

Κνωσός場所

英雄アキレウスのために、鍛冶の神ヘパイストスは新しい盾をこしらえた。盾には町や畑やぶどう畑が彫り込まれ、最後に、若者と娘たちが手を取り合って踊る踊り場が刻まれる。ホメロスの『イリアス』は、その踊り場を、昔、名工ダイダロスが広いクノッソスで、美しい髪の王女アリアドネのために造ったものにそっくりだった、と書いている。

クノッソスは、クレタ島にあった町。伝説の王ミノスの都である。

クノッソスの宮殿跡の北の入口。赤い柱の奥に、牡牛の壁画が見える。
クノッソスの宮殿跡の北の入口。赤い柱の奥に、牡牛の壁画が見える。『クノッソス宮殿跡の北の入口』 Jebulon(写真) 2015年撮影CC0

『オデュッセイア』では、身分を隠したオデュッセウスが、自分はクレタの生まれだと名乗り、故郷をこう語る。クレタには数えきれない人が住み、九十の町があって、さまざまな言葉が入り混じっている。その中に大きな町クノッソスがあり、大いなるゼウスと語り合ったミノスが王として治めていた、と。

トロイア戦争のときには、ミノスの孫にあたる王が、クノッソスやゴルテュンなどの町の兵を率いて出征した。『イリアス』によれば、百の町を持つクレタから、80隻の船が従った。

この町は、名工ダイダロスの町でもあった。神話集を書いたアポロドーロスによれば、ダイダロスは王妃のために木の牝牛をこしらえ、王のために迷宮を造った。その迷宮に、アテネから毎年七人の若者と七人の娘が送られ、牛の頭の怪物の餌食にされたという。

旅行家パウサニアスによれば、ダイダロスがクノッソスでミノスのもとに暮らしたおかげで、クレタの人々は、木の像づくりの名手として長く名を知られた。2世紀のクノッソスには、ダイダロスが作ったというアテナの木の像があり、ホメロスが書いたアリアドネの踊り場が、白い大理石に浮き彫りにされて残っていたという。

19世紀の終わり、この地で青銅器時代の大きな宮殿の跡が掘り出された。掘った考古学者アーサー・エヴァンズは、この古い文明を、伝説の王の名から「ミノア文明」と名づけた。神話の王の都の名は、いまは遺跡の名として知られている。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』、小学館『デジタル大辞泉』

この物語の人々

ローマ以後の語り

アポロドーロスによれば、ダイダロスはパシパエのために木の牝牛を作り、迷宮を造った。アテネ人は毎年七人の若者と七人の娘をミノタウロスの餌として迷宮へ送った。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

パウサニアスは、ダイダロスがクノッソスでミノスのもとに暮らしたことで、クレタ人は木の像づくりで長く名を知られたと書き、クノッソスにダイダロス作のアテナの木像と、ホメロスの言うアリアドネの踊り場を白大理石に浮き彫りにしたものがあったと記す。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

クレタの青銅器時代の文明は、伝説の王ミノスの名から「ミノア文明」と呼ばれる。名づけたのは考古学者アーサー・エヴァンズで、英語 Minoan の初出は1894年。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)、小学館『デジタル大辞泉』 随時改訂

もっと詳しく

ヘパイストスがアキレウスの盾に刻んだ踊り場は、昔ダイダロスが広いクノッソスで美しい髪のアリアドネのために造ったものに似ていた、と『イリアス』は書く。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

『オデュッセイア』でクレタ生まれを名乗るオデュッセウスは、クレタには九十の町があり言葉が入り混じると語り、その中の大きな町クノッソスで、大いなるゼウスと語り合ったミノスが王であったと言う。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

『イリアス』の船の目録で、クノッソスや城壁で名高いゴルテュンなどクレタの兵はイドメネウスとメリオネスが率い、80隻の船が従った。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

次に読む

このページの出典(6件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  4. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』
  5. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
  6. 随時改訂小学館『デジタル大辞泉』