生まれたのはゼウスの子ヘラクレスと、一晩遅く宿ったアンピトリュオンの子イピクレス。生後8か月のとき、ヘラの送った2匹の大蛇をヘラクレスが両手で絞め殺した。
ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Ἀλκμήνη人間
ヘラクレスを産むアルクメネ。ル・バルビエの版画。 『ヘラクレスの誕生』 ジャン=ジャック=フランソワ・ル・バルビエPublic domain
ギリシャ神話最強の英雄ヘラクレスは、生まれる前からすでに一つの勝負に負けていた。
ヘラクレスが生まれる日、ゼウスは神々の前で言った。今日、私の血を引く男子が生まれ、周りの者すべてを治めるだろう、と。ゼウスの妻ヘラは、それを誓いで確かめさせてから動いた。お産の女神たちを引き止めてヘラクレスの誕生を遅らせ、同じ一族の別の妻に、まだ7か月の子を早く産ませたのである。こうして王の座は、もう一人の赤ん坊のものになった。『イリアス』に語られる話だ。
その英雄を産んだ母が、アルクメネである。ゼウスに選ばれた人間の女が、どんな目にあったのか見ていこう。
アルクメネは、メドゥサを倒した英雄ペルセウスの孫娘にあたる。夫も同じペルセウスの一族の男だった。夫が戦に出て留守のあいだに、ゼウスがやって来た。夫の姿に化けて。
後の神話集によれば、ゼウスは一夜を三倍の長さに引き延ばしてアルクメネと過ごした。本物の夫しか知らないはずの戦の話まで、語って聞かせたという。翌日、本物の夫が戦から帰ってくると、妻の出迎えがどうもそっけない。わけを尋ねると、昨夜も帰ってきて一緒に過ごしたではありませんか、と言う。夫は予言者を訪ね、ゼウスが来ていたことを知った。
アルクメネは双子を身ごもっていた。ゼウスの子ヘラクレスと、一晩遅れて宿った夫の子である。
お産は、ひどく難しいものになった。ローマの詩人オウィディウスは、年老いたアルクメネ自身に語らせている。苦しみは7日7晩に及ぶ。お産の女神を呼んだものの、ヘラに言い含められていた女神は戸口の前の祭壇に腰を下ろし、膝を組み、指を組み合わせて、ひそかに呪文を唱えている。その呪文が、子が生まれてくるのを押しとどめていた。
気づいたのは、機転の利く侍女だった。戸口を出入りするうちに、祭壇で手を組んで座る見知らぬ女を見つけた侍女は、声をかける。どなたか存じませんが、奥さまにお祝いを。無事にお生まれになりました、と。驚いた女神は思わず跳び上がり、組んでいた手をほどく。とたんに、アルクメネのお産は軽くなった。
女神をだました侍女は笑い、怒った女神に髪をつかまれて、イタチの姿に変えられる。
生まれたヘラクレスは、赤ん坊のうちからただ者ではない。ヘラが寝床に2匹の大蛇を送り込むと、双子の弟は泣き叫んで逃げ、ヘラクレスは両手で蛇を絞め殺した。

『オデュッセイア』では、英雄オデュッセウスが冥界で出会う女たちの中に、ゼウスの腕に抱かれてヘラクレスを産んだ女として、アルクメネの姿がある。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ピンダロス『祝勝歌集』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
生まれたのはゼウスの子ヘラクレスと、一晩遅く宿ったアンピトリュオンの子イピクレス。生後8か月のとき、ヘラの送った2匹の大蛇をヘラクレスが両手で絞め殺した。
ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスは同じ箇所で、蛇をベッドに入れたのはアンピトリュオン自身で、どちらが自分の子か見分けるためだった、というペレキュデスの異説も伝える。逃げたイピクレスが実子、踏みとどまったヘラクレスがゼウスの子というわけである。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
夫アンピトリュオンがタポス遠征から戻る前夜、ゼウスは夫の姿になり、一夜を三倍の長さに引き延ばしてアルクメネと過ごし、戦の話まで語って聞かせた。翌日帰った夫は妻の冷たい出迎えを怪しみ、予言者テイレシアスから事の次第を知った。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アルクメネの父エレクトリュオンはペルセウスとアンドロメダの子。夫アンピトリュオンもペルセウスの孫、エウリュステウスの父ステネロスもペルセウスの子で、ヘラクレスをめぐる争いはペルセウス一族の内輪の話でもある。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アンピトリュオンの死後、アルクメネはゼウスの子ラダマンテュス(ミノスの兄弟)と結婚し、ボイオティアで暮らしたとアポロドーロスは伝える。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
オウィディウスでは、アルクメネ自身が7日7晩の難産を語る。ヘラに言い含められた出産の女神ルキナが戸口の前の祭壇に座り、膝を組み指を組んで呪文を唱えて出産を止めていた。侍女ガランティスが「お産は済んだ」と偽ると、女神は驚いて手をほどき、出産が進んだ。笑った侍女は、女神にイタチに変えられた。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
ホメロスでは、テバイでヘラクレスを生んだ女性として名が出る。『オデュッセイア』の冥界の女性たちの列にも「アンピトリュオンの妻で、ゼウスの腕に抱かれてヘラクレスを生んだ」アルクメネが現れる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
『イリアス』でアガメムノンが語る話では、ヘラクレスが生まれる日、ゼウスは「今日わが血を引く男子が生まれ、周りの者すべてを治める」と誓った。ヘラはお産の女神たちを止めてアルクメネの出産を遅らせ、ステネロスの妻に7か月の子エウリュステウスを産ませて、その支配をエウリュステウスのものにした。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
2.4.11 アンピトリュオンの死後に結婚し、ボイオティアのオカレアイに亡命して住む。3.1.2