オウィディウス『変身物語』では、アルクメネ自身が語る。お産の女神ルキナはヘラ(ユノ)に買収され、戸口の祭壇に座って膝を組み、指を組み合わせてお産を止めていた。侍女ガランティスが「お産は済んだ」と嘘をつくと、女神は驚いて手を解き、ヘラクレスが生まれた。だまされた女神は、笑ったガランティスを、口から子を産み今も人家に出入りする小さな獣に変えた。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
Εἰλείθυια神
この女神が来なければ、子どもは生まれない。そして、この女神の足を止めれば、お産も止められる。ギリシャ神話のお産の女神エイレイテュイアには、そんな恐ろしい力があった。その力をいちばんよく使ったのは、女神の母ヘラである。
では、お産の女神エイレイテュイアが、どんな場面に登場するのか、見ていこう。
エイレイテュイアは、神々の王ゼウスと女王ヘラの娘である。戦の神アレスや、青春の女神と兄弟姉妹にあたる。『イリアス』では、一柱の女神として語られることもあれば、「ヘラの娘たち」として何人もいるように語られることもある。傷の痛みにうめく総大将アガメムノンを、この女神たちが送る鋭いお産の痛みに苦しむ女にたとえた箇所もある。
夫ゼウスが別の女に子を産ませようとするとき、ヘラはこの娘を引き止めた。
女神レトが、ゼウスとのあいだの双子アポロンとアルテミスを産もうとしたときのことだ。ホメロス風讃歌と呼ばれる古い讃歌集の『アポロン讃歌』によれば、レトは9日9晩陣痛に苦しんだ。まわりには女神たちが集まっていたのに、エイレイテュイアだけがそのことを知らなかった。嫉妬したヘラが、オリュンポスの金色の雲の下に引き留めていたからだ。女神たちは、黄金の糸で編んだ大きな首飾りを贈ると約束して、虹の女神を呼びに走らせた。エイレイテュイアがデロス島に足を踏み入れたとたん、レトは椰子の木にすがって、アポロンを産み落とした。
英雄ヘラクレスが生まれるときにも、ヘラは同じ手を使った。『イリアス』によれば、ヘラはお産の女神たちを押しとどめてヘラクレスの誕生を遅らせ、別の赤子を先に産ませた。そのせいでヘラクレスは、生涯その男に仕える身になる。
ローマの詩人オウィディウスは、このお産の場面をヘラクレスの母自身に語らせている。お産の女神は戸口の祭壇に座り、膝を組み、両手の指を組み合わせて、呪文でお産を止めていた。7日7晩、母は苦しんだ。そこで機転の利く侍女が、女神の前で、もう無事にお生まれになりました、と嘘をついた。驚いた女神が思わず手をほどくと、そのとたんにヘラクレスが生まれた。侍女は笑った。だまされた女神は怒り、侍女を、口から子を産み、今も人の家に出入りする小さな獣に変えてしまった。
この女神の生まれた土地についても、伝えは分かれる。クレタの人々は、島のある港町で生まれたと言い、『オデュッセイア』にも、その町にある「エイレイテュイアの洞窟」が出てくる。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、作者不詳『ホメロス風讃歌』、オウィディウス『変身物語』、パウサニアス『ギリシア案内記』
オウィディウス『変身物語』では、アルクメネ自身が語る。お産の女神ルキナはヘラ(ユノ)に買収され、戸口の祭壇に座って膝を組み、指を組み合わせてお産を止めていた。侍女ガランティスが「お産は済んだ」と嘘をつくと、女神は驚いて手を解き、ヘラクレスが生まれた。だまされた女神は、笑ったガランティスを、口から子を産み今も人家に出入りする小さな獣に変えた。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
『神統記』では、ゼウスとヘラの子として、ヘベ、アレスとともに生まれる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ホメロスでは一柱のこともあれば、複数のこともある。『イリアス』は、傷の痛みにうめくアガメムノンを、お産の鋭い痛みを送る「ヘラの娘たち、エイレイテュイアたち」に苦しめられる女にたとえる。別の箇所では一柱の「陣痛を送るエイレイテュイア」が赤子を光のもとへ連れ出す。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
『イリアス』では、ゼウスが「今日生まれる自分の血筋の男が周りを治める」と誓ったのを利用して、ヘラはステネロスの妻の七か月の子エウリュステウスを先に産ませ、アルクメネのお産を止めてエイレイテュイアたちを押しとどめた。こうしてヘラクレスはエウリュステウスに仕える身になる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
『アポロン讃歌』では、レトは九日九夜陣痛に苦しむが、エイレイテュイアだけがそれを知らなかった。ヘラが嫉妬からオリュンポスの金の雲の下に引き留めていたから。女神たちは首飾りを約束してイリスを使いに出し、エイレイテュイアがデロスに足を踏み入れたとたん、レトは椰子の木にすがってアポロンを産んだ。
作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃
生まれた場所の伝えは土地で分かれる。パウサニアスによれば、エイレイテュイアは北方のヒュペルボレオイの地からデロスへ来てレトのお産を助けたと言われ、ほかの人々はデロスの人々からその名を学んだという。一方、クレタの人々は、クノッソス領のアムニソスで生まれたヘラの娘だと考える。『オデュッセイア』にもアムニソスの「エイレイテュイアの洞窟」が出てくる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
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