オウィディウス『変身物語』でも、夫ヘラクレスの頼みに負けたヘベが、イオラオスを少年のころの姿に戻したとされる。青春の女神は若さを与える力をもつ。
オウィディウス『変身物語』 8年頃

Ἥβη神
杯を掲げるヘベと、ゼウスの鷲。リュードのブロンズ像。 『ヘベとユピテルの鷲』 フランソワ・リュード 1852年ごろ原型、1860〜1880年ごろ鋳造 シカゴ美術館CC0 (Art Institute of Chicago)
英雄ヘラクレスは、生まれる前から女神ヘラに憎まれ、一生を苦しめられ続けた。ところが、死んで神々の仲間入りをしたヘラクレスが最後に妻に迎えたのは、そのヘラの娘だった。青春の女神、ヘベである。
ヘベは、ゼウスとその正妻ヘラの娘で、軍神アレスやお産の女神と同じ両親から生まれた。名前は、ギリシャ語で「青春」「若さの盛り」を意味する言葉そのものだった。
『イリアス』のヘベは、オリュンポスの館で細々とした仕事を受け持つ、家の娘のような存在だ。黄金の床に集まった神々に神々の酒を注いで回り、母ヘラが戦場へ向かうときには戦車に車輪をはめる。人間の英雄に槍で傷つけられて逃げ帰った兄アレスの体を洗い、美しい衣を着せてやったのもヘベだった。
ヘラクレスとの結婚は、『神統記』に書かれている。苦しい難業をやり遂げたヘラクレスは、雪をいただくオリュンポスでヘベを妻にし、老いることも苦しむこともなく、不死の神々のあいだで暮らすようになった。後の時代の神話集によれば、ヘラクレスはヘラと和解してから、その娘を妻に迎え、二人の息子をもうけた。
『オデュッセイア』にも、この結婚は出てくる。冥界に下ったオデュッセウスは、ヘラクレスの姿を見た。だがそれは幻にすぎず、ヘラクレス本人は神々のもとで宴を楽しみ、足首の美しいヘベを妻にしている、と語られる。
青春の女神は、人に若さを与えることもできた。エウリピデスの悲劇では、かつてヘラクレスとともに戦った年老いた戦士が、戦いを前に、ヘベとゼウスに祈った。一日だけでいい、若返って敵に報いたい。すると二つの星が彼の戦車を雲で包み、その中から、若々しい腕をした戦士が現れた。人々は、あの星はヘラクレスとヘベだったと言い合ったという。ローマの詩人オウィディウスも、夫に頼まれたヘベがこの戦士を少年のころの姿に戻したと書いている。
古代の旅行家パウサニアスは、フレイウスという町の城山の上に、この女神の聖域があったと書いている。とりわけ神聖な場所とされ、逃げ込んだ者は誰でもすっかり赦された。自由の身になった囚人たちは、自分をつないでいた鎖を、聖域の森の木に掛けて奉納したという。ここには女神の像が、隠されたものも人に見せるものも、一つも無かった。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、エウリピデス『ヘラクレスの子供たち』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』
オウィディウス『変身物語』でも、夫ヘラクレスの頼みに負けたヘベが、イオラオスを少年のころの姿に戻したとされる。青春の女神は若さを与える力をもつ。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
英語 hebephrenia(破瓜病、破瓜型統合失調症)は、ギリシャ語 hēbē「青春」と phrēn「心」を組み合わせた近代ラテン語で、1871年にドイツの精神科医が作った語。英語では1886年から見られる。女神ヘベの名と同じ語が使われている。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
『神統記』では、ゼウスが最後に正妻にしたヘラとのあいだに、ヘベ、アレス、エイレイテュイアが生まれる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
『イリアス』では、ヘベはオリュンポスの神々の給仕役。黄金の床に集まった神々に神酒ネクタルを注ぎ、ヘラの戦車に車輪をはめ、ディオメデスに傷つけられたアレスの体を洗って衣を着せる。家の娘らしい細々とした仕事を受け持っている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ヘラクレスは死後、神々のあいだに迎えられてヘベを妻にする。『神統記』は、苦しい功業をやり遂げたヘラクレスが雪のオリュンポスでヘベを妻にし、老いも苦しみもなく暮らすと歌う。生前ヘラクレスを苦しめ続けたヘラの娘と結ばれるという結末。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
『オデュッセイア』の冥界の場面では、オデュッセウスが見たのはヘラクレスの「幻」で、本人は不死の神々のもとで宴を楽しみ、ゼウスとヘラの娘である足首の美しいヘベを妻にしている、と語られる。冥界にいるヘラクレスと天にいるヘラクレスが二重に語られるこの数行は、古くから後の挿入ではないかと疑われてきた。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、A. ホイベック、S. ウェスト、J. B. ヘインズワース、A. ホークストラ、J. ルッソ、M. フェルナンデス=ガリアーノ『ホメロス『オデュッセイア』注解』 1988-1992年
エウリピデス『ヘラクレスの子供たち』では、老いたイオラオスが戦いを前にヘベとゼウスに祈り、一日だけ若返って敵に報いたいと願う。二つの星が戦車を雲で覆い、その中から若々しい腕の姿のイオラオスが現れた。人々は、その星をヘラクレスとヘベだと言ったという。
エウリピデス『ヘラクレスの子供たち』 前430年頃
破瓜病 / hebephrenia英語 hebephrenia(破瓜病、破瓜型統合失調症)は、1871年にドイツの精神科医が近代ラテン語で作った語で、英語では1886年から見られる。ギリシャ語 hēbē「青春、若さ」と phrēn「心」に、病名を作る -ia を付けたもの。hēbē は青春の女神ヘベの名と同じ語で、etymonline は「力、若さ」を表す印欧祖語の語根に結びつける。phrēn はもとは「横隔膜」も指し、胸が心の座と考えられていたことを示す。