アプレイウスは、ローマの詩人エンニウスが十二の神々の名を2行の詩に詰め込んだと伝え、その詩句を引く。ユノ、ウェスタ、ミネルウァ、ケレス、ディアナ、ウェヌス、マルス、メルクリウス、ユピテル、ネプトゥヌス、ウルカヌス、アポロ。
アプレイウス『ソクラテスの神霊について』 2世紀

δώδεκα θεοί神
玉座のゼウスを囲んで集うオリュンポスの神々。モンシオの版画。 『オリュンポスの神々』 ニコラ=アンドレ・モンシオPublic domain
「オリュンポス十二神」。ゼウスを筆頭に、山の上に住む十二柱の神々をまとめたこの呼び名は、ギリシャ神話を紹介するときによく使われる。ところが意外なことに、十二人の名簿は、ホメロスの『イリアス』にも『オデュッセイア』にも、ヘシオドスの『神統記』にも出てこない。
『イリアス』の神々は、たしかにオリュンポスの山に住み、ゼウスの館に集まって会議を開く。けれど、その顔ぶれが十二人に決まっているとは、どこにも書かれていない。

十二という数が物語の中にふっと顔を出すのは、『ホメロス風讃歌』の一篇『ヘルメス讃歌』だ。生まれたその日に揺りかごを抜け出したヘルメスは、兄アポロンの牛を盗み出し、二頭を焼いて肉を切り分けた。それも、くじで分ける十二の分け前に、どれも等しく誉れある形で。神である自分も肉の香りに惹かれたが、口にはしなかった。十二という数は、神々の数に合わせた分け前とも読める。
やがて「十二の神々」は、はっきりそう呼ばれる神々として現れる。詩人ピンダロスは、英雄ヘラクレスがオリュンピアの聖域を開いたとき、川とともに「支配する十二の神々」をたたえたと書いた。アテナイの広場には十二の神々の祭壇があった。歴史家トゥキュディデスによれば、これを捧げたのは、かつての独裁者の孫だった。ヘロドトスは、十二の神々の名は、もとはエジプト人が使い始め、ギリシャ人がそれを借りたのだ、とまで書いている。
神話の中でも、十二の神々はそろって登場する。女神アテナと海の神ポセイドンがアテナイの町を争ったとき、ポセイドンは三叉の矛で岩山を打って海水を湧かせ、アテナはオリーブの木を植えた。ゼウスは二人を引き離し、十二の神々に裁かせた。町はアテナのものと決まった。

哲学者プラトンは、神々が天をめぐる姿を描いている。先頭を行くのは、翼のある戦車を駆るゼウス。そのあとに、神々の軍勢が十一の隊に分かれて続き、十二の偉大な神々がそれぞれの隊を率いる。ただひとり、炉の女神ヘスティアだけは、神々の家に残って留守を守るという。
では、十二人とは誰だったのか。はっきりした一覧を残したのは、ローマ人だった。ローマの詩人エンニウスは十二の神々の名を2行の詩に詰め込んだ。ギリシャの名に直すと、ヘラ、ヘスティア、アテナ、デメテル、アルテミス、アプロディテ、アレス、ヘルメス、ゼウス、ポセイドン、ヘパイストス、アポロン。紀元前217年、大きな敗戦のあとで神々の怒りを鎮めようとしたローマは、3日間の祭りを開き、同じ十二柱を二柱ずつ六つの寝台に並べて祀った。ゼウスとヘラ、ポセイドンとアテナ、アレスとアプロディテ、アポロンとアルテミス、ヘパイストスとヘスティア、ヘルメスとデメテルである。
ただし、ヘロドトスが聞いたエジプトの十二の神々には、ヘラクレスが入っていた。決まった一覧があるように見えて、誰が十二人に数えられるかは、時代と土地によって揺れていたのである。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、作者不詳『ホメロス風讃歌』、ピンダロス『祝勝歌集』、ヘロドトス『歴史』、トゥキュディデス『戦史(ペロポネソス戦争史)』、プラトン『パイドロス』、リウィウス『ローマ建国以来の歴史』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、アプレイウス『ソクラテスの神霊について』
アプレイウスは、ローマの詩人エンニウスが十二の神々の名を2行の詩に詰め込んだと伝え、その詩句を引く。ユノ、ウェスタ、ミネルウァ、ケレス、ディアナ、ウェヌス、マルス、メルクリウス、ユピテル、ネプトゥヌス、ウルカヌス、アポロ。
アプレイウス『ソクラテスの神霊について』 2世紀
前217年、トラシメヌス湖での大敗のあと、ローマは『シビュラの書』に従って3日間のレクティステルニウム(神々に食事を供える祭り)を行い、6つの寝台にユピテルとユノ、ネプトゥヌスとミネルウァ、マルスとウェヌス、アポロとディアナ、ウルカヌスとウェスタ、メルクリウスとケレスを並べた。
リウィウス『ローマ建国以来の歴史』 前1世紀末
ヘロドトスが伝えるエジプトの十二の神々にはヘラクレスが含まれる。十二という数は一定でも、誰を数えるかは時代や土地で異なっていた。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃
アポロドーロスによれば、アテナとポセイドンがアッティカを争ったとき、ゼウスは二人を分け、ケクロプスやクラナオスではなく十二の神々を裁き手に任じた。十二の神々はアテナに土地を与えた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ホメロスとヘシオドスには「十二の神々」という名簿は出てこない。『イリアス』の神々はオリュンポスのゼウスの館に集まるが、その数は決まっていない。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ヘシオドス『神統記』 前700年頃
『ヘルメス讃歌』で、生まれたばかりのヘルメスは盗んだアポロンの牛を焼き、肉をくじで分ける12の分け前に切り分けて、どれも誉れある分け前にした。神々の数を前提にした場面と解されることが多い(研究上の解釈)。
作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃
ピンダロスは、ヘラクレスがオリュンピアに聖域を区切ったとき、アルペイオス川とともに「支配する十二の神々」をたたえたと書く。
ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半
アテナイのアゴラには十二の神々の祭壇があり、トゥキュディデスによれば、僭主ヒッピアスの子ペイシストラトスがアルコン在任中に奉納した。ヘロドトスは、プラタイアの人々がこの祭壇に嘆願者として座ったと伝える。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃、トゥキュディデス『戦史(ペロポネソス戦争史)』 前5世紀末
ヘロドトスは、エジプト人が最初に十二の神々の名を用い、ギリシャ人がそれを借りたと聞いたと書く。エジプトでは8神から12神に代わったとされ、ヘラクレスはその十二神の一人、ディオニュソスは十二神の後の世代だという。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃
プラトン『パイドロス』では、ゼウスが翼ある戦車で先頭を行き、神々とダイモンの軍勢が十一の隊に分かれて続く。ヘスティアだけが神々の家に残り、ほかの「十二の神々」に数えられる者がそれぞれの隊を率いる。
プラトン『パイドロス』 前4世紀前半
エンニウスの詩句(アプレイウス『ソクラテスの神霊について』2)とリウィウス22.10.9 のローマの十二柱。ギリシャの神に対応させた
エンニウスの詩句(アプレイウス『ソクラテスの神霊について』2)とリウィウス22.10.9 のローマの十二柱。ギリシャの神に対応させた
エンニウスの詩句(アプレイウス『ソクラテスの神霊について』2)とリウィウス22.10.9 のローマの十二柱。ギリシャの神に対応させた
エンニウスの詩句(アプレイウス『ソクラテスの神霊について』2)とリウィウス22.10.9 のローマの十二柱。ギリシャの神に対応させた
3.14.1 アテナとポセイドンの争いを裁き、アテナのものとした