オリンピック(競技会)の名はこの山ではなく、ペロポネソス半島西部エリスの聖域オリュンピア。前776年から競技が行われたゼウスの神域で、テッサリアの山とは別の場所である。語源辞典の Olympic の項は山と聖域の両方を挙げ、どちらの名ももとの意味は分からないとする。日本語では表記が似ているため紛らわしい。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
Ὄλυμπος場所
カメラや内視鏡で知られるオリンパスの社名は、ギリシャ神話の神々が住む山、オリュンポス山から取られている。会社の説明によれば、1919年の創業時の社名は「高千穂製作所」。日本神話の神々の地、高千穂の峰にあたる西洋の神々の山として、オリュンポスを商標にしたのだという。
ちなみにオリンピックの名は、この山ではなく、古代の競技が開かれたペロポネソス半島の西の聖地オリュンピアから来ている。もっとも、山の名と聖地の名は同じ言葉がもとで、その言葉のもとの意味は分かっていない。
古い詩は、神々の住まいをどう描いたのか。
風に揺れず、雨に濡れず、雪も降らない。雲ひとつない澄んだ空に、白い輝きが満ちている。『オデュッセイア』は、神々の住まいをそう描いた。女神アテナが、王女の夢に現れたあと帰っていく先。それがオリュンポスである。
ところが『イリアス』は、この山を「雪を頂く」とも呼ぶ。オリュンポスは、ギリシャ本土の北、テッサリアとマケドニアの境に実在する山だ。最高峰は2,917mで、ギリシャで一番高い。ホメロスの頃から、この山が神々の住む所と信じられてきた。

『イリアス』や『オデュッセイア』は、実在の山と天空とをきっちり分けていない。神々の王ゼウスはオリュンポスからトロイア近くのイデ山へ降り、戦を見下ろしてから、またオリュンポスへ帰っていく。地上の山から山への移動のように語られる一方で、神々が地上へ出入りするときには「天の門」を通る。門の番をしているのは季節の女神たちで、雲を開けたり閉めたりする。ヘラが戦車で戦場へ駆け下りるときには、この門がひとりでに開いた。
山の上には、神々がそれぞれ館を構えている。建てたのは足の不自由な鍛冶の神ヘパイストスで、ゼウスの館も、ヘラの寝室の秘密の錠も、みな彼の作だ。神々はゼウスの館に集まって会議を開き、宴を楽しむ。

この山は、神々の世代交代の舞台でもあった。ゼウスの一族がオリュンポスに陣を敷き、父の世代のティタン族は別の山に拠って、10年のあいだ戦い続けた。山と山の戦いに勝ったほうが、神々の王の一族になった。
「オリュンポス十二神」という言い方はよく知られている。ただ、決まった十二人の名簿は、『イリアス』『オデュッセイア』にも『神統記』にも出てこない。
十二の神々をひと組にして祀る習わしは、もう少し後の時代のものだ。オックスフォード古典辞典によれば、その確かな証拠は紀元前6世紀の終わりより古くならない。歴史家トゥキュディデスも、アテナイの広場の十二神の祭壇は、独裁者ペイシストラトスの孫が建てたものだと書いている。しかも、誰を十二人に数えるかは土地によって違った。同じ辞典によれば、オリュンピアで祀られた十二神には、ゼウスの父母クロノスとレア、川の神、それにディオニュソスまで入っている。山の上に住む神々の顔ぶれは、地上の人間の数え方しだいで入れ替わったのである。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、ヘロドトス『歴史』、トゥキュディデス『戦史(ペロポネソス戦争史)』、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』、『オックスフォード古典学辞典』、オリンパス株式会社『創業の精神(オリンパス 企業情報・沿革)』
オリンピック(競技会)の名はこの山ではなく、ペロポネソス半島西部エリスの聖域オリュンピア。前776年から競技が行われたゼウスの神域で、テッサリアの山とは別の場所である。語源辞典の Olympic の項は山と聖域の両方を挙げ、どちらの名ももとの意味は分からないとする。日本語では表記が似ているため紛らわしい。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
「神々の揺るぎない座。風に揺られず、雨に濡れず、雪も降らない。雲一つない澄んだ大気が広がり、白い輝きが満ちている」と『オデュッセイア』は描く。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ホメロスはオリュンポスを、実在の山の頂として描くこともあれば、天空そのものと重ねることもある。ゼウスがイデ山の頂からオリュンポスへ帰るなど、地上の山としての扱いも残る。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
天の門は季節の女神ホーライが守り、雲を開け閉めする。神々が地上へ出入りするときはこの門を通る。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
神々それぞれの館は、ヘパイストスが技を凝らして築いたもの。神々が会議に集まるゼウスの館の回廊も、彼の作である。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ティタン神族との十年戦争では、オリュンポスに拠るゼウス側と、オトリュス山に拠るティタン側が対峙した。神々の世代交代は二つの山の対決として語られる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
テッサリアとマケドニアの境にある実在の山塊で、最高峰ミティカスは2,917mとギリシャの最高峰。「オリュンポス」と呼ばれた山は古代に各地にあったが、ヘロドトスはドーリス人の故地を「オッサとオリュンポスの下のヒスティアイオティス」と書き、テッサリアの山を指している。ホメロス以来、この山がゼウスをはじめとする神々の住む所と信じられた。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』 1984-94年刊、随時改訂(2026年9月閲覧)、『オックスフォード古典学辞典』 第4版 2012年
「オリュンポス十二神」という固定した名簿は、ホメロスにもヘシオドスにも見当たらない。十二神を一組として祀る習慣の確かな証拠は前6世紀末より古くならず、トゥキュディデスはアテナイのアゴラの十二神の祭壇を前522年頃の建立とする。しかも名簿は土地ごとに違い、オリュンピアの十二神(六対)にはクロノスとレア、河神アルペイオス、ディオニュソスまで入る。
トゥキュディデス『戦史(ペロポネソス戦争史)』 前5世紀末、『オックスフォード古典学辞典』 第4版 2012年
『オデュッセイア』でオリュンポスの描写が出てくるのは、アテナがナウシカアの夢に現れたあと、神々の住まいへ帰っていく場面である。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
1.493-533 神々はオリュンポスのゼウスの館に集まる
オリンパス / OLYMPUS(社名)顕微鏡や胃カメラで知られるオリンパスは、ギリシャ神話で神々が住む山、オリンポス山の英語読みを名乗っている。会社は1919年に「高千穂製作所」として生まれた。日本神話で神々がいる高天原は高千穂の峰にあるとされることから、それに当たる西洋の神々の山としてオリンポスを選び、創業のころから商標にしていたと、会社が公式に説明している。社名そのものがオリンパスになったのは1949年(オリンパス光学工業)で、2003年に今のオリンパス株式会社になった。
オリンポス山(火星)/ Olympus Mons火星の巨大な火山は、オリンポス山(Olympus Mons)と呼ばれる。NASAの教材は、この名前はギリシャの神々が住むという伝説の山にちなむと説明し、ふもとの差し渡しは300マイル(約480キロ)を超え、高さは17マイル(約27キロ)、アメリカのアリゾナ州をすっぽり覆い、エベレストも小さく見えるほどだと紹介している。惑星の地名を管理する国際天文学連合の地名集では、この名は1973年に正式に認められ、古くから望遠鏡で見えていた模様に付けられた古典的な呼び名を受け継いだもの、とされている。神々の山の名は、地球のギリシャの山から、はるかに大きな火星の火山にまで渡ったことになる。