異伝: 後にテレマコスと結婚したとする伝えが紹介されることがあるが、一次資料の箇所を確認できていない。
宮崎駿の『風の谷のナウシカ』。主人公の名は、ギリシャ神話の王女ナウシカアから来ている。宮崎自身が漫画の第1巻のあとがきで、神話の事典をめくっていてこの名に出会い、一目でよい名前だと思った、と書いているという。
では、もとのナウシカアは、どんな場面に出てくる娘だったのか。『オデュッセイア』を開いてみよう。
ナウシカアは、海の向こうの豊かな島に住む、船乗りの民の王女である。ある夜、その夢枕に、女友だちの姿を借りた女神アテナが立った。あなたももうすぐお嫁に行くのだから、きれいな衣がいるでしょう。夜が明けたら、衣を洗いに川へ行きなさい。
翌朝、ナウシカアは父王に騾馬の車を借り、侍女たちを連れて、海辺の川の洗い場へ出かけた。衣を踏み洗いして浜に干し、弁当を食べ、侍女たちと鞠遊びを始める。
そのすぐそばの茂みで、一人の男が眠っていた。英雄オデュッセウスである。女神の島を船で出たあと嵐で船を砕かれ、2日2晩海をさまよって、ようやくこの浜に泳ぎ着いたところだった。
ナウシカアの投げた鞠が逸れて、深い川の流れに落ちた。娘たちがいっせいに声を上げる。その声で、男は目を覚ました。男は裸だった。茂みから葉の茂った枝を折って体を隠し、塩にまみれた姿で、雨風に打たれた山の獅子のように近づいてくる。侍女たちは悲鳴を上げて四方へ逃げた。その場に踏みとどまったのは、ナウシカアだけだった。女神アテナが、娘の胸に勇気を吹き込んでいたのだ。
オデュッセウスは、娘の膝にすがるのをやめ、離れたところから言葉を尽くして頼んだ。あなたは女神か、それとも人間か。女神なら、狩りの女神アルテミスに姿も背丈も似ている。どうか身をまとうものと、町への道を。そして最後に、娘への祝福を添えた。神々があなたに夫と家を、そして心を一つにする暮らしを授けてくださるように。夫婦が心を一つにして家を守ること以上に、すばらしいことはないのだから、と。
ナウシカアは侍女たちを呼び戻し、男に衣と油を与えた。川で体を洗い、衣を着たオデュッセウスに、アテナが見違えるほどの気品を与えると、ナウシカアは侍女たちにささやいた。さっきはみすぼらしく見えたのに、いまは神々のよう。こんな人が私の夫と呼ばれて、ここに住んでくれたらいいのに。
それでも王女は、分別を忘れなかった。一緒に町へ入れば、口さがない人々が何を言うか分からない。だから町の手前で別れ、あとから一人で館へ来るように。館に着いたら、父ではなく、まず母の膝にすがって頼みなさい、と教えた。
父王も、この客人を気に入った。あなたのような人が娘をめとって、ここにとどまってくれたら、とまで言う。けれどもオデュッセウスの望みは、故郷に帰ることだけだった。
別れの日、ナウシカアは広間の柱のそばに立ち、湯浴みを終えた客人を見つめて、一言だけ言った。さようなら、異国の方。故郷に帰っても、私のことを思い出してください。あなたの命を最初に救ったのは、私なのですから。オデュッセウスは、故郷に帰れたなら、あなたを神のように毎日拝むと答えた。二人が言葉を交わすのは、これが最後である。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、宮崎駿『風の谷のナウシカ 第1巻(後書き)』
この物語の人々
こういう風にも語られている
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アテナが友人の娘の姿で夢に現れ、嫁入りが近いのだから衣を洗いに行けと促す。これが海岸での出会いの段取りになる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
侍女たちと衣を洗い、食事をし、鞠遊びをする。逸れた鞠に上げた叫び声でオデュッセウスが目を覚ます。侍女たちが逃げる中、彼女だけがその場に踏みとどまる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
裸で塩にまみれた男に膝を抱かれず言葉だけで嘆願される。オデュッセウスは彼女を女神かアルテミスかと呼び、「夫と家と心を同じくすること以上の幸いはない」と祝福して心を動かす。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
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侍女たちに向かって「このような人がわたしの夫と呼ばれ、ここに留まってくれたらよいのに」と漏らす。作中でこの願いが叶うことはない。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
町での噂を避けるため、自分とは別に都へ入り、館では父ではなくまず母アレテの膝に嘆願せよと助言する。パイエケス人の宮廷で王妃の力が強いことを示す場面。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
別れの場面では柱のそばに立ち「異国の方、故郷に帰ったらわたしを思い出してください。命を救ったのはわたしなのですから」とだけ言う。二人が言葉を交わす最後の場面。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
裸で塩にまみれたオデュッセウスが、雨風に打たれた山の獅子のように近づくと侍女たちは逃げたが、アテナが胸に勇気を置いたので、ナウシカアだけが踏みとどまった。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
父アルキノオスは、オデュッセウスのような人が娘をめとって婿としてとどまってくれたらと言いつつ、望まないなら誰も引き止めないと言う。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
今の言葉に残る
ナウシカ(『風の谷のナウシカ』)宮崎駿の漫画・アニメ映画の主人公名。『オデュッセイア』でスケリア島に流れ着いたオデュッセウスを助ける、パイエケス人の王女ナウシカアにちなむ。宮崎は漫画版第1巻(徳間書店、1982)の後書きで、名前を探して事典をめくるうち、バーナード・エヴスリンの神話事典でこの名を見つけたと書いている。ホメロスの本文より先に、エヴスリンの紹介を通してこの王女を知ったことになる。
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このページの出典(1件)
- 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
