後代にはコルキュラ島(現在のケルキラ島・コルフ島)と同一視される。アポロニオス『アルゴナウティカ』ではアルゴ船がドレパネ(パイエケス人の島)に寄り、アルキノオスとアレテのもとでイアソンとメデイアが結婚する。
アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀
Σχερίη場所
ギリシャのケルキラ島、英語でいうコルフ島は、後の時代になって、ある神話の国と同じ場所だとみなされるようになった。英雄オデュッセウスが長い漂流の最後にたどり着いた、海の民パイエケス人の国スケリエである。
では、『オデュッセイア』に描かれたスケリエがどんな国だったのか、見ていこう。
パイエケス人は、もとは別の土地で、一つ目の巨人キュクロプスたちのすぐそばに住んでいた。力の強い巨人たちにたびたび荒らされたため、王が民を率いて、人の住む世界から遠く離れたスケリエへ移ってきた。王は町に城壁をめぐらし、家を建て、神々の神殿を造り、畑を分けた。オデュッセウスを苦しめた巨人たちから逃げてきた民が、今度はオデュッセウスを救うことになる。
町は高い城壁に囲まれ、両側に港があって、入口は狭い。海の神ポセイドンの神殿を囲む広場では、男たちが船の綱や帆を手入れし、櫂を削っていた。パイエケス人は、弓や矢筒よりも、帆柱と櫂と船を好む海の民である。その船には、舵取りも舵もない。船そのものが人の考えを読み取り、世界中の町を知っていて、霧と雲に包まれたまま、たちまち海を渡っていく。
この国の人々は、神々とも近かった。王が言うには、神々は姿を隠さずに彼らの宴に同席し、一人旅の者が神に出会っても、神は正体を隠さないという。
王の館の庭では、冬でも夏でも、梨や柘榴や林檎や無花果やオリーブが実り続けた。女神カリュプソの島から筏で出たオデュッセウスは、嵐で筏を砕かれ、2日2晩波にもまれて、この国の岸に流れ着いた。そして王女ナウシカアに見つけられ、王アルキノオスの館で手厚くもてなされる。

王と人々は、オデュッセウスを船に乗せ、眠っているあいだに故郷のイタケへ送り届けた。ところが、帰ってきた船は町の目の前で、海の神ポセイドンに石に変えられてしまう。王は、それ以後、よそから来た者を送り届けるのをやめると決めた。どんな人でも送り届けてきた国が、ここで扉を閉じる。
『オデュッセイア』はスケリエの場所を示していない。後の時代の叙事詩『アルゴナウティカ』では、金の羊毛を手に入れた英雄イアソンと魔女メデイアが、この王と王妃のもとで結婚式を挙げる。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
後代にはコルキュラ島(現在のケルキラ島・コルフ島)と同一視される。アポロニオス『アルゴナウティカ』ではアルゴ船がドレパネ(パイエケス人の島)に寄り、アルキノオスとアレテのもとでイアソンとメデイアが結婚する。
アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀
パイエケス人はもとヒュペレイアに住んでいたが、キュクロプス族に荒らされたため、王ナウシトオスが人里離れたスケリエへ移した、と語られる。オデュッセウスを救う民が、彼が苦しめられた種族から逃げてきた民である。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
彼らは「神々に近い者たち(アンキテオイ)」とされ、神々が姿を隠さず宴に同席すると王自身が語る。人間界と神々の世界の境目に置かれた民。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
彼らの船には舵取りも舵もなく、人の心を解して目指す土地へひとりでに走り、霧に包まれて速く渡ると説明される。この船がオデュッセウスを眠ったままイタケへ届ける。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
オデュッセウスを送り届けた船は、帰路にポセイドンによって都の目前で石に変えられる。パイエケス人は以後、漂流者を送り届けることをやめる。歓待の国が閉じる場面。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
スケリエの町は高い城壁に囲まれ、両側に良い港があって入口は狭く、広場には船具が並ぶ。パイエケス人は弓や矢筒より帆柱と櫂と船を好む、とナウシカアは説明する。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃