アプレイウスの物語では、ユピテル(ゼウス)がプシュケにアンブロシアの杯を差し出し、「取れ、プシュケよ、そして不死となれ」と言って、クピドとの結婚を正式なものにする。
アプレイウス『変身物語(黄金のろば)』 2世紀後半
ἀμβροσία物品
果実飲料の「ネクター」。1964年に発売された不二家のこの飲み物の名前は、会社の説明によれば、ギリシャ神話で神々が口にした飲み物「ネクタル」から来ている。神々の食卓で、ネクタルと対になっていたのが、アンブロシアという食べ物である。
『イリアス』によれば、神々はパンを食べず、赤いぶどう酒も飲まない。だから人間のような血を持たず、死ぬこともない。戦場で女神アプロディテが人間の槍に手首を傷つけられたとき、流れ出たのは血ではなく、神々の体にだけ流れる「霊液」だった。
オリュンポスの宴では、ネクタルが杯に注がれて回された。注ぎ役を務めたのは、青春の女神ヘベだ。ある宴では、足の不自由な鍛冶の神ヘパイストスが息を切らしながら注いで回り、神々の笑いがいつまでも止まらなかった。人間でいちばん美しかったトロイアの王子ガニュメデスは、ゼウスの酒注ぎにするため、神々に天へさらわれた。

同じ食卓でも、神と人の食べ物ははっきり分かれていた。『オデュッセイア』で、女神カリュプソは客として訪れた伝令の神ヘルメスに、アンブロシアの卓と赤いネクタルを出した。ところが、7年も島に引き留めた英雄オデュッセウスと向かい合って座るとき、彼の前には人間の食べ物を並べさせ、自分の前には侍女たちにアンブロシアとネクタルを置かせた。
アンブロシアは、ゼウスのもとへ鳩たちが運んでいた。ただし途中には、ぶつかり合う岩があって、その間を抜けるたびに一羽が岩にさらわれてしまう。そのたびにゼウスは、一羽を補って数をそろえたという。女神ヘラが戦場へ馬車を駆ったときには、川の神が女神の馬たちのためにアンブロシアを生やした。
この二つは、食べるだけのものではない。親友を失ったアキレウスが、悲しみのあまり食事を断つと、女神アテナが空から舞い降り、飢えに苦しまないよう、彼の胸にネクタルとアンブロシアをしたたらせた。アキレウスの母は、息子の親友の亡骸が腐らないよう、鼻からアンブロシアとネクタルを注ぎ込んだ。アポロンは討たれた英雄の亡骸をアンブロシアで清めて故郷へ送り、女神ヘラは夫を誘惑する前に、アンブロシアで肌の汚れを落とした。
『オデュッセイア』には、少しおかしな使い方も出てくる。海の老人を待ち伏せするため、アザラシの皮をかぶって浜に伏せたメネラオスたちは、アザラシのひどい臭いに参ってしまった。そこで女神が、とても香りのよいアンブロシアを一人ひとりの鼻の下に置き、臭いを消してくれたという。
そして何より、これは不死のもとだった。『ホメロス風讃歌』の一篇『デメテル讃歌』では、女神デメテルが人間の王子の乳母になり、昼は神の子のようにアンブロシアを塗り、夜は赤子を火の中に隠して、不老不死にしようとした。気づいた母親が悲鳴を上げたせいで、それはかなわなかった。ローマの作家アプレイウスの物語では、ゼウスが人間の娘プシュケにアンブロシアの杯を差し出して言う。これを飲み、不死となれ。こうしてプシュケは愛の神の正式な妻になった。
だからこそ、盗めば重い罪になった。詩人ピンダロスによれば、神々の宴に招かれていたタンタロスは、自分を不死にしてくれたネクタルとアンブロシアを盗み出し、人間の飲み仲間に分け与えた。そのためにタンタロスは、永遠の罰を受けることになった。神々の側にも決まりがあった。冥界の川ステュクスにかけた誓いを破った神は、まる1年のあいだ息もできずに横たわり、アンブロシアにもネクタルにも近づけなかったという。

アンブロシアという言葉は「不死の者たちの」、ネクタルは一説に「死に打ち勝つもの」を意味すると考えられている。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、作者不詳『ホメロス風讃歌』、ピンダロス『祝勝歌集』、アプレイウス『変身物語(黄金のろば)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』、株式会社不二家『「ネクター」の名前の由来は何ですか?(不二家 よくあるご質問)』
アプレイウスの物語では、ユピテル(ゼウス)がプシュケにアンブロシアの杯を差し出し、「取れ、プシュケよ、そして不死となれ」と言って、クピドとの結婚を正式なものにする。
アプレイウス『変身物語(黄金のろば)』 2世紀後半
ambrosia はギリシャ語 ambrosios「神々の」、おそらく「不死の者たちの」(a-「否」+ mbrotos「死すべき」)から。nectar は語源不明だが、「死」と「打ち勝つ」を合わせた古い詩語とする説がある。ネクタリン(nectarine)は「ネクタルのような」から。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
不二家の果実飲料「ネクター」(1964年発売)の名は、ギリシャ神話のネクタルに由来すると同社は説明している。
株式会社不二家『「ネクター」の名前の由来は何ですか?(不二家 よくあるご質問)』 2026年9月閲覧
『イリアス』では、神々はパンを食べず赤いぶどう酒を飲まないので血を持たず、不死と呼ばれる、と説明される。ディオメデスに傷つけられたアプロディテから流れたのは、神々に流れる霊液イコルだった。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
神々の宴でネクタルを注ぐのはヘベで、ある場面ではヘパイストスが注いで回って神々の笑いを誘う。ガニュメデスはゼウスの酒注ぎとして天にさらわれた。アプレイウスでは、ネクタルは「神々のぶどう酒」と呼ばれ、ゼウスには田舎の少年(ガニュメデス)が、他の神々にはリベル(ディオニュソス)が注ぐ。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、アプレイウス『変身物語(黄金のろば)』 2世紀後半
『オデュッセイア』では、カリュプソがヘルメスにアンブロシアとネクタルを供するが、オデュッセウスと食卓を囲むときは、彼には人間の食べ物を、自分には侍女がアンブロシアとネクタルを置く。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ゼウスのもとへアンブロシアを運ぶ臆病な鳩たちでさえ、プランクタイ(ぶつかり合う岩)を通り抜けるときに一羽ずつさらわれ、父神がそのたびに一羽を補うという。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ヘラの馬たちのためには、シモエイス川がアンブロシアを生やして食べさせた。アンブロシアは馬の飼い葉にもなる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アテナは食を断つアキレウスの胸にネクタルとアンブロシアをしたたらせて飢えを防ぎ、テティスはパトロクロスの亡骸の鼻にアンブロシアとネクタルを注いで腐らないようにした。アポロンはゼウスの命でサルペドンの亡骸をアンブロシアで清めた。ヘラはアンブロシアで体の汚れを落とす。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
メネラオスたちがアザラシの皮をかぶってプロテウスを待ち伏せしたとき、エイドテアはアザラシの悪臭を消すため、香り高いアンブロシアを各人の鼻の下に置いた。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
オデュッセウスの差し出したぶどう酒を飲んだキュクロプスは、これは「アンブロシアとネクタルの流れ」だと言ってお代わりを求める。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
『デメテル讃歌』では、デメテルがエレウシス王の子デモポンを育て、昼はアンブロシアを塗り、夜は火の中に隠して不老不死にしようとしたが、母メタネイラがそれを見て叫んだため果たせなかった。
作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃
ピンダロスは、タンタロスの罪を、自分を不死にしてくれた神々のネクタルとアンブロシアを盗んで飲み仲間に与えたこととする。
ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半
ヘシオドスによれば、ステュクスの水にかけて偽りの誓いをした神は、まる1年息もせずに横たわり、アンブロシアとネクタルに近づくこともできず、さらに9年間神々の集まりから締め出される。一方、ゼウスは戦いの前に百腕の巨人たちにネクタルとアンブロシアを与えて気力を取り戻させた。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ネクター / nectar不二家の果実飲料「ネクター」は、1964年(昭和39年)発売のロングセラーである。不二家は公式のよくある質問で、名前は古代ギリシャ神話のネクタル、つまり神々の生命の酒・不老不死の霊薬から来たと言われている、と答えている。英語の nectar も同じ語で、1550年代から英語に見え、はじめは神々の飲み物の名だった。「おいしい飲み物」の意味は1580年代、花の蜜の意味は1600年ごろから。表面がつるりとした桃の仲間ネクタリンも、「ネクターのような」という意味の言葉から名付けられている。ギリシャ語のもとの形は、「死」と「乗り越える」を組み合わせた古い詩の言葉かもしれない、と語源辞典は説明している。