ギリシャ神話の地図
ゼウスさらった神ヘルメス使者ヘラ嫉妬した女神ラオメドン甥イダ山さらわれた山トロイア生まれた国プリアモス一族
鷲にさらわれて天へ昇るガニュメデス。コレッジョの絵。

ガニュメデス

Γανυμήδης人間

鷲にさらわれて天へ昇るガニュメデス。コレッジョの絵。 『ガニュメデスの誘拐』 コレッジョ 1520〜1540年ごろ ウィーン美術史美術館Public domain

木星のまわりを回る衛星ガニメデは、太陽系でいちばん大きな衛星だ。木星の衛星には、ゼウスに愛された者たちの名前が付けられている。その代表が、この星の名のもとになったトロイアの美少年ガニュメデスである。

神々の王にさらわれた少年は、その後どうなったのか。古い詩から順に追ってみよう。

ガニュメデスは、のちにトロイアと呼ばれる国の王子だった。トロイア戦争のときの老王プリアモスは、彼の兄の孫にあたる。

『イリアス』は、この少年を「死すべき人間の中で最も美しい」と呼ぶ。その美しさのために、神々が彼を連れ去った。天上で、不死の神々に交じって、ゼウスの酒杯に酒を注ぐ役をさせるためである。

残された父は嘆き悲しんだ。『ホメロス風讃歌』の一篇によれば、父王は、愛しい息子を神の起こした旋風がどこへさらっていったのかも分からず、来る日も来る日も泣き続けた。ゼウスはそれを哀れに思い、息子の代わりに、神々を運ぶ不死の馬を贈った。伝令の神ヘルメスが、ゼウスの言葉を父に伝える。息子は神々と同じように、死ぬことも老いることもない身になった、と。それを聞いて、父はもう泣かなかった。喜んで、風のように駆けるその馬に乗った。

この馬が、トロイア王家の宝となる。のちに王家の一人が英雄ヘラクレスに褒美として約束しながら、渡すのを惜しんだのも、この馬の血を引く名馬である。

ゼウスが鷲に姿を変えて少年をさらった、というよく知られた場面は、もっと後の時代のものだ。ローマの詩人オウィディウスはこう書いている。神々の王がトロイアの少年への恋に燃え、自分以外の何かになりたいと初めて思った。変身するなら、自分の雷を運べる鳥でなければならない。偽りの翼で空を打ち、少年をさらっていった。少年はいまも天上で杯に酒を混ぜ、女神ヘラの不興を買いながら、ゼウスに神酒を注いでいる。

酒を注ぐ少年の姿は、夜空の水瓶座とも結びつけられた。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、作者不詳『ホメロス風讃歌』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』、『オックスフォード古典学辞典』

この物語の人々

こういう風にも語られている

ゼウス自身が鷲の姿になって(あるいは鷲を遣わして)さらった、という形は後代の定着。オウィディウスでは鷲に変身したゼウスが連れ去る。

オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ローマ以後の語り

酌をする者という役から水瓶座(アクエリアス)と結びつけられた。木星の衛星「ガニメデ」は1610年にガリレオが発見した四大衛星の一つで、名を与えたのはシモン・マリウスだが、番号ではなく神話名で呼ぶ習慣が定着したのは19世紀半ば以降である。太陽系最大の衛星。語源の節も参照。

アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』 1958年〜(2026年9月閲覧)、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)、『オックスフォード古典学辞典』 第4版 2012年

ラテン語形 Catamitus から英語の catamite(年長の男の相手をさせられる少年)という語が生まれた。Catamitus は Ganymedes の訛った形で、英語では1590年代から使われる。神話の名が近代語の語彙として残った例の一つ。

『オックスフォード英語辞典』 現代、『Merriam-Webster英語辞典』 現代、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

もっと詳しく

『イリアス』では「人間の中で最も美しい」と紹介され、その美しさゆえに神々が連れ去り、不死の者たちの間でゼウスの酌をさせたと記される。誰が連れ去ったかも、鷲も出てこない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

ゼウスは代償として、父トロスに不死の名馬を与えた。この馬がトロイア王家の名馬の由来とされ、後にラオメドンがヘラクレスに約束して惜しむ馬にもつながる。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃

『イリアス』のトロイア王家の系譜では、ガニュメデスはトロスの子で、イロス・アッサラコスの兄弟。ラオメドンはイロスの子、つまりガニュメデスの甥にあたる。兄弟のように並べられることがあるが、一世代ずれている。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

『アプロディテ讃歌』では、父トロスは息子を神の旋風がどこへさらったのか分からず嘆き続けたが、ゼウスが哀れんで代償に不死の神々を運ぶ馬を贈り、ヘルメスに、息子は不死で不老になったと伝えさせる。父はもう嘆かず、喜んでその馬を駆った。

作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃

今の言葉に残る

みずがめ座 / Aquariusみずがめ座(水瓶座)で水瓶から水を注いでいるのは、ゼウスにさらわれた美少年ガニュメデスだとする人が多い。ローマ時代のヒュギヌスの『天文譜』によれば、ゼウスはその美しさゆえに少年を両親のもとから連れ去り、神々に仕える給仕にした。だから星座でも、水瓶から水を注ぐ姿をしているのだという。すぐそばには、少年をさらってゼウスのもとへ運んだ鷲の星座、わし座が、水瓶を持つ少年の上を飛んでいる。ただし、この星座については別の説もあった。天から大量の水が降り注いだ大洪水の時代の王だとする説や、ぶどう酒が人間に伝わる前、神々への供え物に水を使っていた大昔のアテナイの王だとする説である。英語の Aquarius はラテン語で「水を運ぶ人」の意味で、ギリシャ語の古い星座名「水を注ぐ人」を訳したもの。古英語の終わりごろから使われている。1967年のロックの歌「Age of Aquarius」で広まったとされる「水瓶座の時代」は、20世紀に始まるとされた星占いの時代区分である。

わし座 / Aquila七夕の彦星アルタイルは、わし座(鷲座)の1等星である。その鷲は、ギリシャ神話ではガニュメデスをさらった鷲だ。ローマ時代のヒュギヌスの『天文譜』によれば、この鷲はガニュメデスをさらって、彼に恋したゼウスのもとへ届けた。ゼウスが鳥の中で真っ先に自分の鳥として選んだのも鷲で、昇る朝日の光に向かって飛べる、ただ一つの鳥だと伝えられていた。星空でも、鷲はみずがめ座の上を飛んでいる。みずがめ座の人物をガニュメデスだとする者が多かったからだ。同じ本は、ゼウスがティタン族との戦いに出る前、いけにえを捧げていると鷲が現れ、吉兆と受け取ったゼウスがその鷲を星にした、という別の話も伝えている。アルタイルの名はアラビア語で「飛ぶ鷲」の意味で、英語では16世紀から見える。わし座の学名 Aquila はラテン語で「鷲」で、古代ギリシャでもふつう鷲の姿で描かれていたらしい、と語源辞典は書く。

ガニメデ(木星の衛星)太陽系最大の衛星。ゼウスにさらわれて神々の酌人となったトロイアの若者ガニュメデスの名から。1610年代にラテン語で提案された名だが、広く使われるようになったのは1847年以降で、それまでは「木星I・II…」と番号で呼ばれていた。木星の衛星にゼウスの愛人・子孫の名を付ける慣行の代表例。

星座になった話

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このページの出典(9件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前7〜6世紀頃作者不詳『ホメロス風讃歌』
  3. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  4. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  5. 1958年〜(2026年9月閲覧)アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』
  6. 現代『オックスフォード英語辞典』
  7. 現代『Merriam-Webster英語辞典』
  8. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
  9. 第4版 2012年『オックスフォード古典学辞典』