ギリシャ神話の地図
レト侮った女神アポロン射た神アルテミス射た女神タンタロス父アキレウス話を持ち出した男プリアモス話を聞いた王アラクネ同郷の娘テーバイ王妃として
アポロンとディアナ(アルテミス)が、ニオベの子どもたちを矢で襲う場面。ジャック=ルイ・ダヴィッドの作。

ニオベ

Νιόβη人間

アポロンとディアナ(アルテミス)が、ニオベの子どもたちを矢で襲う場面。ジャック=ルイ・ダヴィッドの作。 『ニオベの子らを襲うアポロンとディアナ』 ジャック=ルイ・ダヴィッド 1772年 ダラス美術館Public domain

息子を殺された老王が、殺した男の陣屋で泣いていた。英雄アキレウスは、トロイアの老王プリアモスに息子ヘクトルの遺体を返すと約束し、そして食事をすすめた。そのとき持ち出したのが、ニオベの話である。

あのニオベでさえ、食べることを思い出した。だから私たちも食事にしよう。アキレウスはそう言った。わが子をすべて失った母の話が、なぜ慰めになったのか。ニオベの物語を見ていこう。

ニオベは、神々の食卓に招かれるほどの身分だった王の娘で、テーバイの王妃だった。『イリアス』では、息子6人と娘6人の、12人の子を持つ母である。子の数は伝えによって違い、ローマの詩人オウィディウスでは息子7人と娘7人になっている。

オウィディウスによれば、テーバイの女たちは女神レトを祀る祭りの最中だった。レトは、光の神アポロンと狩りの女神アルテミスの母である。そこへ、きらびやかな衣装のニオベが現れて言い放った。見たこともない女神を拝むより、目の前の私を敬ってはどうか。祖父はゼウスで、夫の竪琴の音でこの都の城壁は築かれた。子どもは14人もいる。レトの子はたった二人ではないか、と。そして女たちに祭りをやめさせてしまう。

侮辱されたレトは、二人の子に訴えた。アポロンとアルテミスは、すぐに弓を取った。

アポロンの矢が、町の外の野で馬を走らせていた息子たちを一人、また一人と射抜いていく。7人がすべて倒れ、夫の王は悲しみのあまり自ら胸を刺して死んだ。それでもニオベは、まだ私のほうが子は多い、と言い張った。

その言葉が終わらないうちに、弓弦の音が響き、娘たちが倒れはじめる。兄弟の遺体にすがっていた娘も、母を慰めようとした娘も。最後の一人を体ごと衣で覆い、ニオベは叫んだ。この子だけは、いちばん小さいこの子だけは残して。願っているうちに、その子も死んだ。

子と夫の亡骸に囲まれて、ニオベは座り込んだまま固まっていった。髪は風にも揺れず、顔からは血の気が引き、目は動かない。舌は上あごに張りつき、足は動かず、体の内側まで石になった。それでも涙だけは流れ続けた。激しいつむじ風が石を故郷の山の頂へ運び、そこで大理石はいまも涙を流している、とオウィディウスは結ぶ。

『イリアス』でアキレウスが語る形では、殺された子どもたちは9日間、埋葬されないまま横たわっていた。ゼウスが人々を石に変えてしまい、葬る者がいなかったのである。10日目に神々自身が子らを葬った。泣き疲れたニオベも、ようやく食べ物を口にした。そしていまも、山の岩の中で、神々から与えられた悲しみを思い続けている。

ニオベの故郷、小アジア(今のトルコ)の山には、この泣く女の岩が実際にあった。2世紀の旅行家パウサニアスは山に登って見ている。近くで見ればただの切り立った崖で、女の姿にはまったく見えない。けれども離れると、頭を垂れて泣いている女に見える、と。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ソポクレス『アンティゴネ』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』

この物語の人々

こういう風にも語られている

子の数は出典で大きく違う。ホメロスは息子6人・娘6人、アポロドーロスは7人ずつ、ヘシオドスは10人ずつ、ヘロドロスは息子2人・娘3人とする、とアポロドーロスがまとめている。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

生き残りがいたとする伝えもある。アポロドーロスによれば、息子のアンピオンと長女クロリスが助かり、クロリスは後にネレウスの妻になった。女流詩人テレシラの説では、アミュクラスとメリボイアが助かり、父アンピオンも射殺されたという。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ローマ以後の語り

オウィディウスの形: 祖父にゼウスとアトラス、父に神々の食卓に招かれたタンタロスを持ち、夫アンピオンの竪琴でテーバイの城壁が建った、とニオベは家柄を並べ、レトへの供物をやめさせる。レトの訴えでアポロンが7人の息子を射殺し、夫アンピオンは悲しみのあまり自害する。続いて娘たちも次々に射られ、最後の一人だけは、とすがるうちに全員が倒れる。ニオベは石になり、旋風に運ばれて故郷の山頂に据えられ、今も大理石から涙が流れる。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

オウィディウスはニオベの話をアラクネの話のすぐ後に置き、二人がリュディアで知り合いだったとわざわざ書く。ニオベは同郷の娘が女神に逆らって罰された話を知っていながら、学ばなかった、というつなぎ方になっている。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

オウィディウスでは、娘たちが次々に射られ、最後の一人を体と衣で覆ったニオベは「この一番小さい一人だけは残して」と叫ぶが、願っているうちにその子も死ぬ。夫アンピオンは息子たちの死のあと自ら胸を刺していた。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

子と夫の亡骸の中で座り込んだニオベは悲しみに固まり、髪は風に揺れず、顔は血の気を失い、舌は上あごに凍りつき、体の内まで石になる。それでも泣き続け、つむじ風に故郷の山の頂へ運ばれ、その大理石はいまも涙を流している。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

もっと詳しく

『イリアス』最終巻で、アキレウスは息子ヘクトルの遺体を引き取りに来たプリアモスに食事をすすめ、ニオベの例を引く。12人の子(息子6人、娘6人)をアポロンとアルテミスに射殺され、9日間埋葬する者もいなかったが、10日目に神々が葬ると、泣き疲れたニオベも食事のことを思った。今はシピュロスの山中で、石となって神々から受けた苦しみを思い続けている、と。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

シピュロス山の「泣くニオベ」の岩は古代の名所だった。ソポクレスのアンティゴネは、つたのように石に覆われ、雨にも雪にも濡れて涙を流すタンタロスの娘に、死にゆく自分をなぞらえる。パウサニアスは実際に山に登って岩を見ており、近くではただの崖だが、離れるとうつむいて泣く女に見える、と書いている。

ソポクレス『アンティゴネ』 前441年頃上演、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

今の言葉に残る

ニオブ / niobium元素ニオブ(記号 Nb)は、テーバイの王妃ニオベの名から来ている。子の多さを自慢したために子どもたちをアポロンとアルテミスに殺され、嘆きながら石に変わった女性である。1844年にドイツの学者ハインリヒ・ローゼが、元素タンタルの採れる鉱石の中から見つけ、翌1845年に名付けた。選んだ理由は、ニオベがタンタロスの娘だったから。先に見つかっていたタンタル(タンタロスにちなむ名)と同じ鉱石から出てくる元素なので、神話の父と娘の関係を元素の名前に写したことになる。

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このページの出典(5件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前441年頃上演ソポクレス『アンティゴネ』
  3. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  4. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  5. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』