ギリシャ神話の地図
アプロディテ恋した女神アイネイアス息子アスカニウス孫ゼウス恋を仕組んだ神イダ山出会いの山トロイア落城落城の夜クマエのシビュラ案内役アイネイアスの漂流最後の旅
ウェヌス(アプロディテ)とアンキセス。ウィリアム・ブレイク・リッチモンドの作。

アンキセス

Ἀγχίσης人間

ウェヌス(アプロディテ)とアンキセス。ウィリアム・ブレイク・リッチモンドの作。 『ウェヌスとアンキセス』 ウィリアム・ブレイク・リッチモンド 1889〜1890年Public domain

アイネイアスの漂流7 / 14

愛と美の女神アプロディテは、いつも神々や人間を恋に落とす側だった。その女神が、ただ一度、人間の男に恋をさせられた。相手はトロイアの山で牛を飼っていた若者、アンキセスである。

では、女神に愛されたこの男が、どんな一生を送ったのか見ていこう。

アンキセスは、トロイアの王家につながる一族の若者だった。『アプロディテ讃歌』によれば、ゼウスは、いつも神々を人間と恋に落としては笑っているアプロディテに、同じ思いを味わわせてやろうと考えた。そして女神の心に、イダ山で牛を飼うアンキセスへの恋心を吹き込んだ。

アプロディテはキプロスの神殿で身を清め、香油を塗り、美しく着飾って、イダ山へ向かった。狼や獅子や熊までが尾を振ってついてくる。アンキセスの小屋に着くと、女神は、彼を怖がらせないように、まだ嫁いでいない人間の娘の姿で前に立った。

アンキセスは、ひと目見て女神だと思った。女神は否定する。私は神ではない。人間の母から生まれた、ある国の王の娘だ。ヘルメスにさらわれて、あなたの妻になるよう連れてこられたのだ、と。アンキセスは娘を寝床に誘った。

牛飼いたちが群れを連れて戻るころ、女神はアンキセスを深く眠らせ、自分は本来の姿に戻って、彼を起こした。天井に頭が届くほどの背丈で、頬には神々しい美しさが輝いていた。アンキセスは恐れおののき、どうか自分を弱い者にしないでほしいと願った。女神と交わった人間の男は、その後の力を失うと考えられていたからだ。

女神は告げる。あなたには息子が生まれ、トロイアを治め、その子孫が代々続いていく。息子は山のニンフたちに育てさせ、5歳になったら連れてくる。ただし、女神と交わったことを決して人に誇ってはならない。口にすれば、ゼウスの雷に打たれるだろう。その息子が、のちのトロイアの勇将アイネイアスである。

讃歌は警告で終わっていて、その後どうなったかは語らない。後の時代には、実際に口を滑らせて雷に打たれ、足が不自由になったという話が伝わった。

長い年月がたち、トロイアが燃え落ちる夜が来た。ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネイス』では、年老いたアンキセスは、町を捨てて逃げるのを拒んだ。ところがそのとき、孫の少年の頭に、触れても熱くない不思議な炎がともる。アンキセスが天に手を伸ばしてゼウスにしるしを求めると、左手から雷鳴がとどろき、一筋の流れ星が尾を引いてイダ山の森へ落ちていった。アンキセスはついに心を決めた。

息子アイネイアスは言った。父上、家の守り神の像を手に持ってください。私は戦いと殺しから出てきたばかりで、流れる水で身を清めるまで聖なるものに触れられない。そして肩にライオンの毛皮を掛け、父を背負った。幼い息子はその手にすがり、小さな歩幅で父のあとを追った。

父を背負って燃えるトロイアを逃れるアイネイアス。手前には幼い息子がいる。
父を背負って燃えるトロイアを逃れるアイネイアス。手前には幼い息子がいる。『トロイアから逃れるアイネイアス』 フェデリコ・バロッチ 1598年 ボルゲーゼ美術館(ローマ)Public domain

アンキセスは、息子とともに新しい国を求める船旅に出た。だが、ローマの地を見ることはなかった。放浪の途中、シチリア島の西の端で世を去ったのだ。のちにアイネイアスが冥界に下ったとき、アンキセスは祝福された者たちの野で息子を迎え、やがて生まれてくるローマの英雄たちの魂を、一人ひとり指し示して見せた。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、作者不詳『ホメロス風讃歌』、ウェルギリウス『アエネイス』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』

この物語の人々

こういう風にも語られている

実際に口を滑らせて雷に打たれ、足が不自由になった(あるいは盲目になった)という続きは、後代の出典で語られる。落城時に自力で歩けない理由づけにもなっている。

ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃

ローマ以後の語り

『アエネイス』では、燃えるトロイアから息子アイネイアスに肩車されて運び出され、家の守り神(ペナテス)を抱える役を担う。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

放浪の途中、シケリアのドレパヌムで死ぬ。『アエネイス』6巻では冥界のエリュシオンで再会し、ローマの未来の英雄たちを息子に見せる。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

アンキセスが逃げるのを拒むと、孫イウルスの頭に害のない炎がともり、アンキセスがユピテルにしるしを求めると左手に雷鳴がして流れ星がイダの森へ落ちた。アンキセスは翻意した。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

アイネイアスは、戦いと殺しから出たばかりの自分は流水で身を清めるまで聖物に触れられないとして、父に家の守り神(ペナテス)を持たせ、ライオンの毛皮を肩に掛けて父を背負った。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

もっと詳しく

ホメロス風讃歌第5番の主題。アプロディテがゼウスの仕組みで人間に恋させられ、人間の娘を装ってイダ山のアンキセスと交わる。神が人間に屈する話として語られる。

作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃

正体を明かしたアプロディテは、この交わりを人前で誇れば必ずゼウスの雷に打たれると警告する。讃歌は警告までで終わり、罰は語られない。

作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃

アプロディテは嫁いでいない娘の背丈と姿でアンキセスの前に立ち、自分は神ではなく、フリュギアを治めるオトレウスの娘で、ヘルメスにさらわれて彼の妻となるよう連れてこられたと偽った。

作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃

夕方、アプロディテはアンキセスを眠らせ、本来の姿に戻って起こした。恐れるアンキセスに、息子アイネイアスが生まれてトロイアを治め子孫が続くこと、ニンフに育てさせること、交わりを誇ればゼウスの雷に打たれることを告げた。

作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃

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このページの出典(4件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前7〜6世紀頃作者不詳『ホメロス風讃歌』
  3. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  4. 1〜2世紀頃ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』