ギリシャ神話の地図
アイネイアス父アンキセス祖父アプロディテ祖母エロス姿を借りた神ディド膝に抱いた女王アポロンほめた神ラウィニア母とも継母ともアイネイアスの漂流船旅
燃えるトロイアから逃れるアイネイアス。フェデリコ・バロッチの作。

アスカニウス

Ἀσκάνιος英雄

燃えるトロイアから逃れるアイネイアス。フェデリコ・バロッチの作。 『トロイアから逃れるアイネイアス』 フェデリコ・バロッチ 1598年 ボルゲーゼ美術館(ローマ)Public domain

古代ローマの英雄ユリウス・カエサル。その一族は、自分たちの祖先を、燃えるトロイアから父に手を引かれて逃げのびた一人の少年だと称していた。少年の名はアスカニウス。もう一つの名を、イウルスといった。

では、ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネイス』に描かれた、この少年の物語を追ってみよう。

アスカニウスは、トロイアの勇将アイネイアスとその妻の息子だった。トロイアが落ちた夜、祖父は町を捨てて逃げるのを拒んでいた。そのとき、少年の頭のてっぺんに、触れても熱くない不思議な炎がともり、柔らかな髪をなめるように燃えた。これをしるしと見た祖父は、ついに逃げる決心をした。父は祖父を背負い、アスカニウスは父の手にすがって、小さな歩幅で懸命についていった。母は途中ではぐれ、二度と戻らなかった。

新しい国を求める長い船旅の途中、一行は北アフリカのカルタゴに流れ着く。そこで少年の姿が、恋の計略に使われた。父の母にあたる愛の女神は、カルタゴの女王ディドを息子アイネイアスに恋させようと、アスカニウス本人を眠らせて森に隠し、恋の神クピドに少年の姿を借りさせた。女王は、少年だと思って膝に抱いたその神に、少しずつ心を奪われていった。

トロイアの話を語るアイネイアスと、聞き入る女王ディド。女王に寄り添う少年の姿もある。
トロイアの話を語るアイネイアスと、聞き入る女王ディド。女王に寄り添う少年の姿もある。『ディドにトロイアの災厄を語るアイネイアス』 ピエール=ナルシス・ゲラン 1815年ごろPublic domain

イタリアに着いてからも、戦のきっかけを作ったのはアスカニウスだった。狩りに出た少年の猟犬を、復讐の女神が狂わせた。犬が追い立てたのは、土地の娘がかわいがって飼い慣らしていた大きな鹿だった。アスカニウスの放った矢が鹿に刺さると、怒った農民たちが武器を取り、イタリアの人々とトロイア人との戦争が始まった。

戦のさなか、少年は初めて敵を倒した。城壁の前でトロイア人を嘲っていた敵の男を、弓で射止めたのだ。空から見ていたアポロンが声をかけた。新たな武勇に栄えあれ、少年よ。こうして人は星々に至る。けれど、今はもうこれ以上戦ってはならない。そう言って、神は姿を消した。

神々の王ユピテル(ギリシャのゼウスにあたる)は、『アエネイス』のはじめで予言している。この少年は30年のあいだ国を治め、都をアルバ・ロンガという新しい町へ移すだろう。そしてその血筋から、いつかカエサルが生まれ、偉大なイウルスから受け継いだ名、ユリウスを名乗るだろう、と。

ただし、アスカニウスの母が誰だったのかは、ローマの歴史家リウィウスも決めかねている。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、リウィウス『ローマ建国以来の歴史』、ウェルギリウス『アエネイス』

この物語の人々

こういう風にも語られている

リウィウスは、アスカニウスの母について決めかねている。ラウィニアとの結婚から生まれた子とする一方、トロイアでクレウサから生まれ父の逃避行に同行した年上の息子のほうではないか、とも書き、「これほど古いことを誰が断言できようか」と断る。ユリウス氏族が祖と仰ぐイウルスは、こちらのクレウサの子のほうだという。

リウィウス『ローマ建国以来の歴史』 前1世紀末

ウェルギリウスでは、アスカニウスはトロイアでの妻クレウサの子。落城の夜、クレウサは逃げる途中ではぐれて消え、亡霊となって夫の前に現れ「二人の子への愛を守って」と告げる。ラウィニアとの子として予言されるのは別の息子シルウィウス。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

ローマ以後の語り

ユピテルは『アエネイス』1巻で、少年アスカニウスは「イウルス」という添え名を持ち、30年治めてアルバ・ロンガに都を移すと予言する。続けて、トロイアの血を引くカエサルが現れ、「偉大なイウルスから受け継いだ名」ユリウスを名乗ると言う。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

ラティウムでの戦争のきっかけを作ったのもアスカニウスだった。狩りの最中、復讐の女神アレクトに猟犬を狂わされ、土地の娘シルウィアが飼い慣らしていた大鹿を射てしまう。怒った農民たちが武器を取り、戦いが始まる。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

初陣で、トゥルヌスの妹を娶ったばかりのヌマヌスを弓で射止める。空から見ていたアポロンが「新たな武勇に栄えあれ、少年よ。かくして人は星々に至る(sic itur ad astra)」と声をかけ、ただし今はこれ以上戦うなと諭して姿を消す。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

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リウィウスでは、アスカニウスは栄えたラウィニウムを母(あるいは継母)ラウィニアに任せ、アルバ山の麓に細長く延びる新しい町アルバ・ロンガを築いた。ラウィニウムの建設からおよそ30年後のことだという。

リウィウス『ローマ建国以来の歴史』 前1世紀末、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

落城の夜、アンキセスが逃げるのを拒むと、イウルスの頭頂に害のない炎がともり髪をなめた。これをしるしと見てアンキセスは逃げる決心をした。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

もっと詳しく

ホメロスの『イリアス』にもアスカニオスという名は出てくるが、アイネイアスの子ではない。アスカニエの地から来たプリュギア人の援軍の将として登場する。アイネイアスの息子の名としては使われていない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

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このページの出典(3件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前1世紀末リウィウス『ローマ建国以来の歴史』
  3. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』