アイネイアスが来る前、祭壇のそばに立つラウィニアの長い髪と冠に火がつき、煙と炎を宮殿中にまき散らした。予言者たちは、彼女自身は名高くなるが、民には大きな戦争をもたらす前兆だと告げた。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

人間
メダルの形で描いたラウィニアの横顔。16世紀の本の版画。 『ラウィニア(『肖像便覧』)』 ギヨーム・ルイエ(刊) 1553年Public domain
祭壇のそばに立つ王女の長い髪に、火が燃え移った。宝石をちりばめた冠も燃え上がり、王女は煙と黄色い炎に包まれて、宮殿じゅうに火の粉をまき散らした。予言者たちは告げた。この娘自身は名高くなる。だが民には、大きな戦争をもたらすだろう。
この王女がラウィニア。ローマの詩人ウェルギリウスの叙事詩『アエネイス』で、トロイアの英雄アイネイアスの妻になる娘である。
では、戦争の火種となった王女の物語を見ていこう。
ラウィニアは、イタリア中部の国の王の、ただ一人の子だった。年頃になった彼女には、イタリア中から求婚者が集まった。中でもいちばん見目麗しく、家柄も立派だったのが、隣国の若い王トゥルヌス。母の王妃は、この若者を婿にしたくてたまらなかった。
ところが、神々の前兆がそれを阻んだ。宮殿の中庭の月桂樹の梢に、蜂の大群がどこからともなく飛んできて、枝からぶら下がった。予言者は言った。よそから男がやって来て、この城の頂を治めるだろう。そして王女の髪が燃えた。
不安になった王は、森の奥で父祖の神のお告げを聞いた。娘をこの国の男に嫁がせてはならない。よそから婿がやって来る。その血筋は、我らの名を星にまで届かせるだろう。
その婿とは、燃え落ちたトロイアから長い旅を経てやって来たアイネイアスだった。王は喜んで娘を与えようとする。しかし、花嫁を奪われたトゥルヌスと王妃は納得しない。こうしてイタリアを二分する戦争が始まった。
不思議なことに、物語の行方を左右するこの王女は、『アエネイス』の中で一言も台詞を口にしない。描かれるのは、髪が燃える姿、そして、母がトゥルヌスに戦わないでと泣きすがる場で、頬を真っ赤に染める姿だけだ。紅で染めた象牙のように、白百合にまじる赤いバラのように。その頬の赤みが、トゥルヌスの恋心をいっそうかき立てた。
最後の一騎打ちでトゥルヌスはアイネイアスに敗れ、ラウィニアはアイネイアスの妻になる。アイネイアスは、勝てば町の名を彼女の名から付けると誓っていた。こうして築かれたのが、町ラウィニウムである。
冥界でアイネイアスの父の霊は、晩年のアイネイアスとラウィニアのあいだに生まれる子を予言していた。森で育てられ、のちの王たちの祖となる子である。ローマの歴史家リウィウスは、アイネイアスの死後、幼い跡継ぎが成人するまで、ラウィニアが国を守ったと書いている。それだけの器量が、彼女にはあったという。
この物語の出典: リウィウス『ローマ建国以来の歴史』、ウェルギリウス『アエネイス』
アイネイアスが来る前、祭壇のそばに立つラウィニアの長い髪と冠に火がつき、煙と炎を宮殿中にまき散らした。予言者たちは、彼女自身は名高くなるが、民には大きな戦争をもたらす前兆だと告げた。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
母アマタがトゥルヌスに戦わないでと泣いてすがる場面で、ラウィニアは話を聞いて顔を赤く染める。その色は、紅で染めた象牙や、白百合に混ざった赤いバラにたとえられる。この頬の赤みがトゥルヌスの恋心をさらにかき立てる。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
物語の行方を左右する人物なのに、『アエネイス』に彼女の台詞はない。名前が出る場面でも、髪が燃える、顔を赤らめる、母の死に髪をかきむしるといった姿が描かれるだけで、本人の口から言葉は出てこない。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
アイネイアスは、勝てば町の名をラウィニアから付けると誓う。リウィウスでも、アイネイアスは建てた町を妻の名からラウィニウムと名づけた。
リウィウス『ローマ建国以来の歴史』 前1世紀末、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
冥界でアンキセスは、晩年のアイネイアスとラウィニアの間に生まれる子シルウィウスを示す。森(silva)で育てられ、アルバ・ロンガの王たちの祖になるという。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
リウィウスでは、アイネイアスの死後、幼いアスカニウスが成人するまで、ラウィニアが国を守った。「それほどの器量がラウィニアにはあった」と書かれる。
リウィウス『ローマ建国以来の歴史』 前1世紀末
ラウィニアの髪が燃える前兆の前に、宮殿の月桂樹の梢に蜂の群れがとまり、予言者は異国の男がやって来て城を治めると告げた。ラティヌスは森でファウヌスのお告げを聞き、「娘をラティウムの男に嫁がせるな、よそから婿が来て、その子孫が我らの名を星にまで届かせる」と言われる。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃