ギリシャ神話の地図
ベレロポン討ち手ペガソス天馬アマゾン族続く相手ヒュドラ母(一説)テュポン父サルペドン英雄の孫
獅子の体から山羊の頭が生え、尾が蛇のキマイラ。エトルリアの青銅像。

キマイラ

Χίμαιρα怪物

獅子の体から山羊の頭が生え、尾が蛇のキマイラ。エトルリアの青銅像。 『アレッツォのキマイラ』 エトルリアの青銅像(写真: Lucarelli) 写真は2007年5月22日(コモンズの日付)Public domain

生物学で、遺伝的に違う細胞が一つの体に同居しているものを「キメラ」と呼ぶ。1916年、トマトとイヌホオズキを接ぎ木して作った植物にこの名が付けられたのが始まりだという。英語では16世紀から、「ありえない空想」の意味でも使われている。

もとになったのは、いくつもの獣を継ぎ合わせたギリシャの怪物キマイラである。いったいどんな怪物で、誰に倒されたのか。

最初にその姿が描かれるのは『イリアス』である。それによれば、キマイラは神の生まれで、人の類ではない。前は獅子、後ろは蛇、真ん中は山羊。そして燃えさかる火の息を恐ろしく吐き出す。『神統記』は、頭が三つあるとはっきり書いている。獅子の頭、山羊の頭、蛇の頭。アポロドーロスによれば、火を吐くのは真ん中の山羊の頭で、親は怪物の王テュポンと半人半蛇の女だった。

この怪物が荒らしていたのは、小アジアの南の国リュキアである。そこへ一人の若者が送り込まれてくる。

若者の名はベレロポン。美しく、勇ましく、心のまっすぐな男だった。ギリシャのある王の妃が彼に言い寄り、はねつけられると、夫に嘘をついた。あの男が私に乱暴しようとしました、殺してください、と。王は自分の手で殺すのをはばかり、若者に折りたたんだ書き板を持たせて、妃の父であるリュキアの王のもとへ送った。書き板には、この者を殺せ、という不吉なしるしが刻まれていた。

リュキアの王は若者を9日もてなし、10日目に書き板を見た。そして最初に、荒れ狂うキマイラを倒してこいと命じた。

ベレロポンは神々のしるしを頼りにキマイラを倒した。続いて山の民と、男に劣らぬ女の軍勢アマゾンを破り、帰り道に待ち伏せた兵もすべて討ち取った。王はついに、この若者は神の血を引く者だと悟り、娘を妻に与え、王の務めの半分を分け与えた。

『イリアス』の話には、翼のある馬は出てこない。ベレロポンが天馬ペガソスにまたがり、空からキマイラを討った、という今よく知られた形は、『神統記』やピンダロスの詩から始まる。

天馬にまたがったベレロポンが、キマイラを槍で突く。獅子の体の背から、山羊の頭が突き出している。
天馬にまたがったベレロポンが、キマイラを槍で突く。獅子の体の背から、山羊の頭が突き出している。『ペガソスに乗ってキマイラを討つベレロポン』 2〜3世紀 ロラン美術館(フランス・オータン)Public domain

『イリアス』には、もう一つ奇妙な一行がある。トロイア方で戦って討たれた兄弟の父親が、多くの人の災いとなったキマイラを育てた男だった、というのだ。怪物にも飼い主がいたらしい。

古代の人々は、この火を吐く怪物は火山のことだとも、冬の嵐のことだとも考えたという。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ヘシオドス『神統記』、ピンダロス『祝勝歌集』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』、平凡社『改訂新版 世界大百科事典』

この物語の人々

こういう風にも語られている

ヘシオドスでは、ヒュドラの記述のすぐ後に「彼女がキマイラを生んだ」と続くため、母がエキドナかヒュドラか、文の上では決め切れない。頭は三つ(獅子・山羊・蛇)とはっきり書かれる。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

アポロドーロスはヘシオドスを引いて、テュポンがエキドナに生ませた子とする。一体で三匹の獣の力をもち、真ん中の山羊の頭から火を吐いた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ローマ以後の語り

古代から火山を表したものと考えられていた、あるいは冬の嵐の象徴だった、という解釈を etymonline は紹介している。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

複数の動物を継ぎ合わせたこの怪物の名は、英語で「ありえない空想」の意味(1580年代〜)になり、20世紀には生物学で遺伝的に異なる細胞が一個体に同居する状態を指す用語になった。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)、平凡社『改訂新版 世界大百科事典』 2007年改訂(2026年9月閲覧)

もっと詳しく

『イリアス』は「神の生まれで人の類ではない、前は獅子、後ろは竜、真ん中は山羊(キマイラ)、燃える火の恐ろしい息を吐く」と描く。名前がそのまま「山羊」の意でもあるので、真ん中の部分が名になっている。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

『イリアス』16巻には、キマイラを育てたのはアミソダロスという人物で、その息子たちがトロイア側で戦ったとある。怪物に「飼い主」がいたという珍しい伝え。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

プロイトスの妃アンテイアはベレロポンに拒まれると夫に偽りを告げ、プロイトスは「殺せ」と刻んだ書き板を持たせてリュキアの舅のもとへ送った。リュキア王は9日もてなしたのち書き板を見て、まずキマイラ退治を命じ、次いでソリュモイ人、アマゾンと戦わせ、待ち伏せも仕掛けたが、すべて退けられたので娘と王権の半分を与えた。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

ほかのつながり(1人)

家族・恋愛

  • エキドナ親

    アポロドロス 2.3.1「ヘシオドスの言うとおりテュポンがエキドナに産ませた」。『神統記』319 の「彼女」はエキドナともヒュドラとも読める

今の言葉に残る

キメラ(生物学)生物学で、遺伝子型の異なる細胞が一つの個体の中に共存している状態、またその個体。ライオン・山羊・蛇を継ぎ合わせた怪物キマイラにちなむ。平凡社『世界大百科事典』によれば、1916年にウィンクラーがトマトとイヌホオズキの接ぎ木で作った個体をキメラと呼んだのが学術用語としての始まり。動物では異なる系統の初期胚を融合させたキメラマウスなどがある。

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このページの出典(5件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  3. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  4. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
  5. 2007年改訂(2026年9月閲覧)平凡社『改訂新版 世界大百科事典』