中世のトロイア物語では、クリセイデの叔父(ボッカッチョでは従兄弟)として二人の逢瀬を取り持つ人物に変わる。ホメロスの弓兵とはほとんど別人である。
ボッカッチョ『フィロストラト』 14世紀(1335年頃)、ジェフリー・チョーサー『トロイルスとクリセイデ』 14世紀末(1380年代)
Πάνδαρος人間
英語の pander は、男女の仲を取り持つ者のこと、転じて人の欲望にこびる者を指す。この言葉のもとになったのは、中世ヨーロッパの恋物語で、トロイアの王子トロイロスと恋人の逢瀬を取り持った男、パンダルスだった。
ところが、ホメロスの『イリアス』にさかのぼると、同じ名の男は、恋の取り持ちとはまるで縁のない、弓の名手として登場する。『イリアス』のパンダロスを見ていこう。
パンダロスは、トロイアに加勢した同盟軍の将の一人で、トロイア近くの山のふもとの町から兵を率いてきた。その弓は、光と弓の神アポロン自身から授かったものだという。野山羊を待ち伏せて射止め、長さが手のひら16枚分もあるその角を、職人が磨き合わせて作った弓だった。
戦争が10年目に入ったころ、決着を一騎打ちでつけようという話になった。ヘレネを連れ去ったトロイアの王子パリスと、ヘレネの夫メネラオスが戦い、勝った者がヘレネを得る。両軍は誓いを立てて休戦した。ところが一騎打ちは、パリスが女神アプロディテに救い出されて、うやむやになってしまう。
戦争を終わらせたくない神々は、休戦を破らせることにした。女神アテナはトロイアの戦士の姿に化けてパンダロスに近づき、ささやいた。いまメネラオスを射れば、トロイア中の人々から、とりわけパリスから、称えられ、贈り物をもらえるだろう。愚かなパンダロスは、その言葉にのせられた。
仲間たちに盾で身を隠してもらい、パンダロスは弓を引きしぼって、弓の神アポロンに生贄の誓いを立て、矢を放った。矢はメネラオスをめがけて飛んだ。けれども女神アテナは、母親が眠る子から蠅を払うように、その矢を少しそらし、帯の金具に当たるように導いた。矢は帯と鎧を貫いたが、傷は浅かった。それでも、誓いは破られた。戦いはふたたび始まり、これ以後、トロイアの滅亡は避けられないものとして語られていく。
パンダロスはその後も弓を射た。ギリシャの勇士ディオメデスの肩にも当てたが、倒すことはできなかった。彼はアイネイアスに嘆く。故郷の父の館には戦車が11台もあり、父には馬と戦車で戦えと言われたのに、飼い葉を惜しんで馬を置いてきてしまった。弓を頼みにやって来たのに、二人の将に血を流させただけで、かえって怒らせてしまった。無事に故郷へ帰れたら、この弓をへし折って火に投げ込んでやる。
アイネイアスは、自分の戦車に乗って一緒に戦おうと誘った。二人は並んでディオメデスに突っ込んだ。パンダロスの槍は相手の盾を貫いたが、ディオメデスの投げた槍は、アテナに導かれて、パンダロスの目のそばから鼻を打ち、白い歯を砕き、舌を根もとから断ち切った。彼は戦車から転げ落ち、そこで息絶えた。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ボッカッチョ『フィロストラト』、ジェフリー・チョーサー『トロイルスとクリセイデ』、『オックスフォード英語辞典』、『Merriam-Webster英語辞典』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
中世のトロイア物語では、クリセイデの叔父(ボッカッチョでは従兄弟)として二人の逢瀬を取り持つ人物に変わる。ホメロスの弓兵とはほとんど別人である。
ボッカッチョ『フィロストラト』 14世紀(1335年頃)、ジェフリー・チョーサー『トロイルスとクリセイデ』 14世紀末(1380年代)
英語の pander(男女の仲を取り持つ者、転じて情欲に迎合する)は、この名から生まれた。ただし語源になったのはホメロスの弓兵ではなく、中世のトロイア物語で逢瀬を取り持つ役に変えられたパンダルスのほうで、辞書はボッカッチョからチョーサーへ受け継がれた人物像を典拠に挙げる。名詞は1520年代、動詞は1600年頃から。語源の節も参照。
ボッカッチョ『フィロストラト』 14世紀(1335年頃)、ジェフリー・チョーサー『トロイルスとクリセイデ』 14世紀末(1380年代)、『オックスフォード英語辞典』 現代、『Merriam-Webster英語辞典』 現代、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
トロイア方の一覧では、ゼレイアからアイセポス川のほとりの人々を率いてきた者として紹介され、その弓はアポロン自身から与えられたものだと言われる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
パリスとメネラオスの一騎討ちで戦争が終わりかけたとき、アテナがラオドコスに化けてそそのかし、パンダロスがメネラオスを射る。誓約が破られたことで戦闘が再開し、以後トロイアの滅びは決まったものとして語られる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ディオメデスの槍が鼻から歯と舌を貫いて死ぬ。『イリアス』でも際立って生々しい死の描写の一つ。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
パンダロスの弓は、自ら待ち伏せて射止めた野山羊の角(長さ16掌尺)を職人が合わせて磨き、金の弦掛けをつけたもの。アテナにそそのかされて、仲間に盾で隠してもらいながらアポロンに生贄を誓い、メネラオスを射たが、アテナが母が子から蠅を払うように矢をそらして帯の金具に当てた。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
パンダロスは、父リュカオンの館に11台の戦車があり、父に戦車で戦えと言われたのに、飼い葉を惜しんで徒歩で来てしまったと悔やみ、生きて帰れたら弓を折って火に投げると誓う。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
2.824-827 ゼレイア勢の将