ギリシャ神話の地図
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トロイロス

Τρωΐλος人間

シェイクスピアに『トロイラスとクレシダ』という芝居がある。トロイアの王子トロイラスと、恋人クレシダの物語だ。ところが古代ギリシャの神話にさかのぼると、この王子には恋人などいない。戦場で殺された少年がいるだけである。

では、トロイロスという少年の話が、どこから始まり、どう姿を変えていったのか、見ていこう。

トロイロスは、トロイアの老王プリアモスの息子の一人だった。『イリアス』で名前が出るのは、たった一度きりである。長男ヘクトルを失った老王が、生き残った息子たちを叱りつける場面だ。わしはトロイアでいちばん優れた息子たちをもうけたのに、一人も残っていない。ヘクトルも、戦車で戦うのを好んだトロイロスも、みな軍神に殺された。残ったのは、嘘つきと踊りのうまい者ばかりだ、と。どのように死んだのかは、語られない。

戦争の発端から語った古い叙事詩の要約には、アキレウスがトロイロスを殺した、と一行だけ記されている。古代の壺絵では、泉に水を汲みに来たところをアキレウスに待ち伏せされ、アポロンの神域まで追われて殺される少年として、繰り返し描かれた。

ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネイス』では、遠くカルタゴの神殿の壁に、トロイア戦争の場面が描かれている。その一つが、この少年の最期だった。武器を失って逃げる、アキレウスにはとてもかなわない哀れな少年。空になった戦車に仰向けに引っかかり、それでも手綱を握ったまま、馬に引きずられていく。首と髪が地面をこすり、逆さになった槍の先が土ぼこりに跡を刻んでいた。

のちの時代には、トロイロスの死はトロイアが落ちるための条件の一つに数えられるようになる。ローマの喜劇作家プラウトゥスは、トロイアの町が落ちるには三つの定めがあったとして、そのうちの一つに彼の死を挙げている。

そして中世ヨーロッパで、この少年はまったく別の物語の主人公になった。12世紀フランスの長い物語詩が、トロイロスと、ギリシャ側に渡っていく娘との恋を作り出した。これがボッカッチョの物語に受け継がれ、チョーサーの詩を経て、シェイクスピアの芝居へとつながっていく。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』、プラウトゥス『バッキデス(二人のバッキス)』、ウェルギリウス『アエネイス』、ブノワ・ド・サント=モール『トロイア物語』、ボッカッチョ『フィロストラト』、ジェフリー・チョーサー『トロイルスとクリセイデ』、シェイクスピア『トロイラスとクレシダ』

この物語の人々

ローマ以後の語り

トロイロスの死は、トロイア陥落の前提となる「定め」の一つに数えられた。プラウトゥスの喜劇は、イリオンには三つの定めがあったとして、城塞の神像(パッラディオン)が失われること、トロイロスが死ぬこと、城門の楣が壊されることを挙げる。「二十歳まで生きればトロイアは落ちない」という形は中世ラテン語の神話集成に現れるもので、アキレウスが少年を狙った理由づけになっている。

プラウトゥス『バッキデス(二人のバッキス)』 前2世紀初頭

中世に入ると全く別の物語になる。12世紀のブノワ・ド・サント=モール『トロイア物語』が、トロイロスと(ギリシャ側に渡る)ブリセイダの恋という挿話を創作し、これがボッカッチョ『フィロストラト』でクリセイダとの恋愛物語として独立する。

ブノワ・ド・サント=モール『トロイア物語』 12世紀(1160年代頃)、ボッカッチョ『フィロストラト』 14世紀(1335年頃)

チョーサー『トロイルスとクリセイデ』(1380年代)がボッカッチョを英語に移し、シェイクスピア『トロイラスとクレシダ』(1602年頃)がそれを戯曲化した。英語圏で「Troilus」といえばまずこの恋物語を指す。

ジェフリー・チョーサー『トロイルスとクリセイデ』 14世紀末(1380年代)、シェイクスピア『トロイラスとクレシダ』 1602年頃

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『イリアス』での登場は一箇所だけ。プリアモスが生き残った息子たちを罵る場面で、失った優れた子として「馬を駆る戦いを好んだトロイロス」の名が挙がる。死の経緯も人物像も語られない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

叙事詩環の『キュプリア』要約に、アキレウスがトロイロスを殺したと記される。古代の壺絵では、泉で水を汲む場面をアキレウスに待ち伏せされ、アポロンの神域まで追われて殺される少年として繰り返し描かれた。

作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』 前7世紀頃、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

ほかのつながり(1人)

仲間・師弟

  • パンダロス仲間

    中世の物語では、クリセイデの叔父としてトロイロスの恋を取り持つ役

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このページの出典(8件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前7世紀頃作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』
  3. 前2世紀初頭プラウトゥス『バッキデス(二人のバッキス)』
  4. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  5. 12世紀(1160年代頃)ブノワ・ド・サント=モール『トロイア物語』
  6. 14世紀(1335年頃)ボッカッチョ『フィロストラト』
  7. 14世紀末(1380年代)ジェフリー・チョーサー『トロイルスとクリセイデ』
  8. 1602年頃シェイクスピア『トロイラスとクレシダ』