アポロドーロスでは、ミニュアイ人との戦いのあと、ヘラの嫉妬で狂ったヘラクレスが、メガラとの子どもたちとイピクレスの子2人を火に投げこんだ。メガラは殺されず、ヘラクレスは難業を終えたのちテバイに行ってメガラをイオラオスに与えた。狂気はここでは難業の前で、贖罪のためにエウリュステウスに仕えることになる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
Μεγάρα人間
ディズニーのアニメ映画『ヘラクレス』(1997年)には、メガラ、愛称メグという女性が登場する。ディズニーの公式ファンクラブの事典は、彼女を「裏切りの、助けを待つ乙女」と紹介している。
ギリシャ神話にも、同じ名の女性がいる。英雄ヘラクレスの最初の妻、メガラだ。
神話のメガラがどんな運命をたどったのか、見ていこう。
ホメロスの『オデュッセイア』で、冥界を訪ねたオデュッセウスは、死者の中に「心の気高い、クレオンの娘メガラ」を見かけている。ヘラクレスの妻だった女性として、名前だけが挙がる。
アポロドーロスの神話集によれば、若いヘラクレスは、テバイを苦しめていた隣国と戦って勝った。その褒美として、テバイの王クレオンが長女メガラを妻に与え、二人のあいだには3人の息子が生まれた。
この一家を正面から描いたのが、紀元前5世紀の悲劇作家エウリピデスの『ヘラクレス』である。ヘラクレスは、冥界の番犬ケルベロスを連れてくるという最後の難業に出たまま、帰ってこない。そのすきに、よそ者の男がメガラの父クレオンを殺してテバイを乗っ取り、ヘラクレスの子どもたち、メガラ、そしてヘラクレスの年老いた父まで皆殺しにしようとしていた。
一家はゼウスの祭壇にすがって身を守ったが、食べ物も着る物もない。逃げ道がなくなったとき、メガラは、せめて子どもたちに死出の装いをさせてほしいと願い出る。
装いを整えた息子たちを前に、メガラは嘆く。お父さんはお前にアルゴスを、お前にテバイを、お前にはオイカリアを継がせると約束していた。私はお前たちのために、アテネやテバイやスパルタから、いちばんの花嫁を選ぼうとしていたのに。それがいまでは、死が花嫁になってしまった。そして冥界にいる夫に呼びかけた。ああ、いとしいヘラクレス。どうか来て助けて。幻でもいいから。夢に現れてくれるだけでもいい、と。
そのとき、ヘラクレスが帰ってきた。事情を聞いた英雄は、乗っ取りの男を討ち果たす。一家は救われたかに見えた。
だが、ヘラクレスを憎む女神ヘラは、ここで狂気を送りこむ。虹の女神イリスに連れられてやって来た「狂気」の女神は、自分は気が進まないのだと、太陽の神にかけて訴えた。それでも命令には逆らえない。
清めの儀式の最中、ヘラクレスの目がぐるぐると回りだし、口から泡がこぼれた。英雄は、目の前の我が子を、宿敵の王の子どもだと思いこむ。逃げまどう息子の一人を柱のまわりで追いつめて射抜き、足元にすがった二人目を棍棒で打ち殺した。メガラは最後の一人を抱いて奥の部屋へ逃げこみ、扉を閉ざした。けれどヘラクレスは扉をこじあけ、一本の矢で、妻と子を一度に射倒した。
老いた父にまで襲いかかろうとしたとき、女神アテナの幻が現れ、大きな石をヘラクレスの胸に投げつけた。英雄は倒れて眠りこみ、人々はその体を柱に縛りつけた。旅行家パウサニアスによれば、テバイの人々はこの石を「正気に戻す石」と呼んで見せていたという。
もっとも、メガラの最期は書き手によって違う。アポロドーロスでは、狂ったヘラクレスは自分の子どもたちを火の中へ投げこむが、メガラは死なない。ヘラクレスは難業をすべて終えたあと、メガラを甥のイオラオスに嫁がせている。ローマ時代の神話集では、エウリピデスと同じように、狂気のヘラクレスがメガラと息子たちを殺したことになっている。テバイには、ヘラクレスとメガラの子どもたちの墓があった。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、エウリピデス『ヘラクレス(狂えるヘラクレス)』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ『映画『ヘラクレス』(ディズニー)』
アポロドーロスでは、ミニュアイ人との戦いのあと、ヘラの嫉妬で狂ったヘラクレスが、メガラとの子どもたちとイピクレスの子2人を火に投げこんだ。メガラは殺されず、ヘラクレスは難業を終えたのちテバイに行ってメガラをイオラオスに与えた。狂気はここでは難業の前で、贖罪のためにエウリュステウスに仕えることになる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
エウリピデス『ヘラクレス』では、狂気は難業を終えて冥界から帰った後に来る。ヘラクレスは子どもたちをエウリュステウスの子と思いこみ、一人を射殺し、一人を棍棒で打ち殺し、三人目を抱いて部屋に逃げこんだメガラを、扉を破って一本の矢で子とともに射倒した。
エウリピデス『ヘラクレス(狂えるヘラクレス)』 前420〜前414年頃
ヒュギヌスでは、ヘラクレスが冥界の犬を取りに行っているあいだにリュコスがメガラと息子テリマコス、オピテスを殺して国を奪おうとし、帰ったヘラクレスがリュコスを殺す。のちにユノの送った狂気でヘラクレスはメガラと息子たちを殺した。
ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスでは、ミニュアイ人との戦いで武勲を立てたヘラクレスに、クレオンが長女メガラを褒美として与え、テリマコス、クレオンティアデス、デイコオンの3人の息子が生まれた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ディズニーの長編アニメ映画『ヘラクレス』(1997年6月27日公開)には、スーザン・イーガンが声を担当したメガラ(メグ)が登場し、ディズニー公式ファンクラブの事典は「裏切りの、助けを待つ乙女」と紹介する。
ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ『映画『ヘラクレス』(ディズニー)』 1997年
『オデュッセイア』の冥界の場面で、オデュッセウスは「心の気高いクレオンの娘メガラ、アンピトリュオンの子(ヘラクレス)の妻」を見る。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
エウリピデスでは、ヘラクレスの留守中、エウボイア出身のリュコスがクレオンを殺してテバイを奪い、ヘラクレスの子らと妻、父アンピトリュオンを殺そうとする。一家はゼウス救い主の祭壇に食も衣もなくすがる。
エウリピデス『ヘラクレス(狂えるヘラクレス)』 前420〜前414年頃
逃げ道を失ったメガラは子らに死出の装いをさせ、父が約束した国々(アルゴス、テバイ、オイカリア)と、自分がアテナイ・テバイ・スパルタから選ぼうとしていた花嫁の代わりに、死が花嫁になったと嘆き、冥界の夫に、幻でも夢でもいいから来てほしいと呼びかける。直後にヘラクレスが帰還する。
エウリピデス『ヘラクレス(狂えるヘラクレス)』 前420〜前414年頃
イリスは、難業を終えるまではゼウスが守っていたが、いまヘラはヘラクレスに子殺しの穢れを負わせたいと告げ、夜の娘「狂気(リュッサ)」をけしかける。狂気は乗り気でなく、ヘラクレスは神々の栄誉を回復した者だと諫め、太陽神にかけて自分の意に反して行うのだと言う。
エウリピデス『ヘラクレス(狂えるヘラクレス)』 前420〜前414年頃
エウリピデスでは、父アンピトリュオンにまで向かったヘラクレスに、兜をかぶったアテナの幻が石を投げつけて眠らせ、人々が柱に縛りつけた。パウサニアスは、テバイの人々がこの石を「ソプロニステル(正気に戻す石)」と呼び、ヘラクレスとメガラの子らの墓も見せていたと記す。子らの死の話は、パニュアッシスやステシコロスの詩と変わらないという。
エウリピデス『ヘラクレス(狂えるヘラクレス)』 前420〜前414年頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀