母のアマゾンの名は一定しない。アポロドーロスはアンティオペ、メラニッペ、そしてシモニデスの言うヒッポリュテを並べる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Ἱππόλυτος英雄
海から現れた牡牛におびえる馬と、戦車から投げ出されたヒッポリュトス。ピーテル・パウル・ルーベンスの作。 『ヒッポリュトスの死』 ピーテル・パウル・ルーベンス 1612年 コートールド・ギャラリーPublic domain
恋と結婚をばかにする若者がいた。狩りを愛し、処女の女神アルテミスだけを敬い、愛の女神アプロディテを、神々の中でいちばん卑しいと言ってはばからなかった。アテネの悲劇作家エウリピデスの劇『ヒッポリュトス』は、そのアプロディテ自身が舞台に現れ、こう宣言するところから始まる。あの若者に、今日、罰を下す。
では、愛の女神を怒らせた若者ヒッポリュトスの物語を見ていこう。
ヒッポリュトスは、アテネの英雄テセウスの息子である。母は、テセウスがさらってきた女だけの戦士の国アマゾンの女王だった。ヒッポリュトスは、南の小さな町の老王のもとで育ち、猟犬を連れて森を駆け、女神アルテミスの狩りの伴をして暮らしていた。
アプロディテの罰は、手が込んでいた。父テセウスの今の妻パイドラに、この継子への恋心を吹き込んだのである。パイドラは恋を誰にも打ち明けられず、人知れずやつれていった。
エウリピデスの劇では、見かねた乳母がパイドラの秘密を聞き出し、ヒッポリュトスに打ち明けてしまう。ヒッポリュトスは激しく怒り、女というものをののしった。恥と恐れに追い詰められたパイドラは、自ら命を絶つ。その手には、封をした書き板が握られていた。
帰ってきたテセウスが板を開くと、そこにはこう書かれていた。ヒッポリュトスに力ずくで辱められた、と。テセウスは叫んだ。父なる海の神ポセイドンよ、かつて私の願いを三つかなえると約束したはずだ。その一つで、息子を今日のうちに殺してくれ。ヒッポリュトスは身の潔白を訴えたが、父は聞き入れず、彼を国から追い出した。
ヒッポリュトスが戦車で海沿いの道を去っていくと、地鳴りのような音がして、空まで届くほどの大波が押し寄せた。波が砕けると、中から一頭の恐ろしい牡牛が現れた。馬たちはおびえて暴れ出し、戦車は岩に打ちつけられて砕けた。手綱に絡まったヒッポリュトスは、岩の上を引きずられた。自分で餌をやって育てた馬たちよ、止まってくれ、父の呪いよ。
瀕死のヒッポリュトスが運ばれてくると、女神アルテミスが現れて、テセウスにすべての真実を告げた。パイドラの恋はアプロディテの仕業で、息子は無実だった。女神はヒッポリュトスに約束した。その町の娘たちは、結婚する前に髪を切ってあなたに捧げ、いつまでもあなたのために歌うだろう。
ヒッポリュトスは父を許した。あなたを血の穢れから解き放つ、と。そして、顔を覆ってくれと頼み、息を引き取った。
後の時代には、この若者に続きの話が生まれた。医術の神アスクレピオスが死んだヒッポリュトスを生き返らせたとも、ローマの詩人オウィディウスによれば、アルテミスが彼をイタリアの森へ移し、別の名の神にしたとも伝えられる。
この物語の出典: エウリピデス『ヒッポリュトス』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
母のアマゾンの名は一定しない。アポロドーロスはアンティオペ、メラニッペ、そしてシモニデスの言うヒッポリュテを並べる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アスクレピオスが死者を生き返らせた例として、アポロドーロスはヒッポリュトスを挙げ、その典拠を失われた叙事詩『ナウパクティカ』の作者とする。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
オウィディウスでは、生き返ったヒッポリュトスをディアナ(アルテミス)が雲に包んで姿を変え、イタリアのアリキアの森に移して「ウィルビウス」という名を与える。ギリシャの悲劇の主人公が、ローマ近郊の森の神に接ぎ木されている。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
現存するエウリピデスの劇は、アプロディテが「自分を軽んじるヒッポリュトスを今日罰する」と宣言して始まる。パイドラは死ぬ前に「ヒッポリュトスに辱められた」と書いた書き板を手に残し、それを読んだテセウスは、ポセイドンが約束した三つの願いの一つで息子の死を願う。
エウリピデス『ヒッポリュトス』 前428年上演
トロイゼンを去る海沿いの道で、大波の中から牡牛が現れ、驚いた馬が戦車を岩にぶつけた。手綱に絡まったヒッポリュトスは引きずられて致命傷を負う。
エウリピデス『ヒッポリュトス』 前428年上演、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
劇の最後にアルテミスが現れて真相を明かし、トロイゼンでは結婚前の娘たちが彼のために髪を切って捧げる、と祭祀の起こりを告げる。悲劇がそのまま実在の土地の習慣の由来話になっている。
エウリピデス『ヒッポリュトス』 前428年上演
エウリピデスはこの話を二度書いた。先の『覆面のヒッポリュトス』は失われ、パイドラが自分から言い寄る筋だったとされる。現存する前428年の改作では、パイドラは恋を隠そうとして乳母が仲立ちをする形に変わっている。
エウリピデス『ヒッポリュトス』 前428年上演
死の間際、ヒッポリュトスはアルテミスに言われて父と和解し、父を血の穢れから解き放つと告げ、顔を覆ってくれと頼んで息を引き取る。
エウリピデス『ヒッポリュトス』 前428年上演
摘要1.16 テセウスがアマゾンとのあいだにヒッポリュトスをもうける。母をヒッポリュテと呼ぶのはシモニデスの呼び名に従った場合