ギリシャ神話の地図
アプロディテ仕える女神ヘパイストス夫ゼウス父ヒュプノス求婚者ムーサ隣人タレイア同じ名の姉妹
肩を組んで立つ三人の優美の女神。ラファエロの絵。

カリス

Χάριτες神

肩を組んで立つ三人の優美の女神。ラファエロの絵。 『三美神』 ラファエロ・サンティ 1504〜1505年ごろPublic domain

人を惹きつける不思議な力のことを「カリスマ」という。ギリシャ語で「神からの贈り物」を意味する言葉がもとになっていて、その根っこにある「優美さ・好意」という言葉が、そのまま女神たちの名前になった。それがカリスたち、日本で「三美神」と呼ばれる女神たちである。ちなみに、つづりの似た英語の「チャリティー(慈善)」は、まったく別の言葉から来ている。

では、この優美の女神たちがどんな存在として語られてきたのか見ていこう。

『神統記』によれば、カリスたちはゼウスと海の女神のあいだに生まれた三人姉妹だった。名前はそれぞれ「輝き」「喜び」「花盛り」を意味する。三人のまなざしからは、見る者の手足の力を抜いてしまうような愛があふれ出ていたという。彼女たちは、芸術の女神ムーサたちの住まいのそばに暮らしていた。

カリスたちの大切な役目は、愛と美の女神アプロディテに仕えることだった。アプロディテのまとう神々しい衣は、カリスたちが織り上げたものだ。『オデュッセイア』には、こんな場面がある。軍神アレスとの密会が夫にばれて、神々の笑いものになったアプロディテは、キプロス島のパポスへ逃げ帰った。そこでカリスたちは彼女を湯浴みさせ、神々の香油を塗り、美しい衣を着せて、見とれるほどの姿に整えた。

アプロディテの夫は鍛冶の神ヘパイストス。ただし、ヘパイストスの妻が誰なのかは、作品によって違う。『オデュッセイア』ではアプロディテだが、『イリアス』では、ヘパイストスの館で客を迎えるのは「輝くヴェールのカリス」で、彼の妻だとされている。『神統記』も、三姉妹の末娘がヘパイストスの妻になったと書く。

『イリアス』には、もう一人のカリスも登場する。女神ヘラは、ゼウスを眠らせる手伝いを眠りの神に頼むとき、うまくいったら「カリスたちの若い一人」を妻にあげる、と約束した。眠りの神は、ずっとその娘に恋い焦がれていたので、喜んで引き受けた。

実は、カリスが何人いて何という名前だったのかは、土地によってまちまちだった。2世紀の旅行家パウサニアスは、スパルタでもアテナイでも、古くはカリスを二人として祀っていたと書き残している。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

こういう風にも語られている

『神統記』で、オケアノスの娘エウリュノメはゼウスに三人のカリスを産む。アグライア(輝き)、エウプロシュネ(喜び)、愛らしいタレイア(花盛り)で、そのまなざしからは手足をなえさせる愛が流れる。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

『イリアス』でヘラは眠りの神ヒュプノスに、ゼウスを眠らせてくれたら「カリスたちのうち若い一人」パシテエを妻にやると約束する。ここではカリスは三人より多い集団として扱われ、名前もヘシオドスの三人と重ならない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

パウサニアスによれば、スパルタ人はカリスを二人とし、クレタとパエンナと呼んだ。アテナイ人も古くから二人のカリス、アウクソとヘゲモネを祀った。三人のカリスに祈る習わしはオルコメノスのエテオクレスから始まったという。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

ローマ以後の語り

英語 charisma は、ギリシャ語 kharisma「好意、神の賜物」から来ていて、その元の kharis(優美・好意)はカリスたちの名と同じ語。一方、似た綴りの charity(慈善)はラテン語 caritas(大切にすること)から来ていて、カリスとは関係がない。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

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ヘパイストスの妻は伝えによって違う。『イリアス』ではテティスを迎えるのは「輝くヴェールのカリス」でヘパイストスの妻とされ、『神統記』では三人のうち末のアグライアが妻になる。『オデュッセイア』ではヘパイストスの妻はアプロディテである。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、ヘシオドス『神統記』 前700年頃

カリスたちはアプロディテの身支度に仕える。アプロディテの神々しい衣はカリスたちが織ったもので、アレスとの密通が露見したあとには、パポスで彼女を湯浴みさせ香油を塗る。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

三人の名アグライア・エウプロシュネ・タレイアは、それぞれ「輝き」「喜び」「花盛り」を意味する。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

今の言葉に残る

カリスマ / charisma英語 charisma(1875年)は、ギリシャ語 kharisma「好意、神の賜物」から来ている。元の kharis は「優美・好意」で、アプロディテに付き従う優美の女神カリスの名と同じ語。「指導者の人を惹きつける力」の意味は、1922年にマックス・ヴェーバーがドイツ語で使ったことから広まり、英語では1930年ごろから。

慈善 / charity(カリスとは無関係)綴りが似ている charity(慈善)は、カリス(kharis)とは別の語から来ている。古フランス語 charité を経て、ラテン語 caritas「高価なこと、敬愛」、さらに carus「大切な」にさかのぼる。charisma とは見た目が似ていても語源は別。

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このページの出典(5件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  4. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』
  5. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』