高い岩の上に止まったケライノは「不吉な予言者」として叫ぶ。おまえたちはイタリアへ行き、港にも入れる。だが、我らを殺そうとした罪ゆえに、恐ろしい飢えに迫られて食卓をかじり尽くすまで、約束の町を城壁で囲むことはできない。言い終えると森へ飛び去り、トロイア人は武器を捨てて祈りで和を乞う。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

Κελαινώ怪物
舞い降りたハルピュイアたちに斬りかかるアイネイアスと仲間たち。フランソワ・ペリエの作。 『ハルピュイアと戦うアイネイアスと仲間たち』 フランソワ・ペリエ 1646〜1647年Public domain
お前たちはイタリアへたどり着き、港にも入れるだろう。だが、恐ろしい飢えに迫られて、食卓までかじり尽くすまでは、約束の町を城壁で囲むことはできない。岩の上からそう叫んだのは、娘の顔をした鳥の怪物だった。怪物ハルピュイアの一羽、ケライノである。
では、英雄アイネイアスの一行に不吉な予言を浴びせたケライノの物語を、ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネイス』でたどってみよう。
燃え落ちたトロイアを逃れたアイネイアスの一行は、嵐をくぐり抜けて、海に浮かぶ小さな島々にたどり着いた。そこに住んでいたのが、ケライノとハルピュイアたちだった。顔は娘だが体は鳥で、手には鉤爪があり、腹からは汚物を垂れ流し、顔はいつも飢えで青ざめている。冥界の川から湧き出したどんな怪物も、これほど忌まわしくはない、とウェルギリウスは書く。
島の野には、番をする者もいない牛や山羊の群れがいた。一行は剣で牛を屠り、神々にも分け前を捧げて、浜で宴を開いた。そのとき、山の上から恐ろしい羽音を立てて、ハルピュイアたちが舞い降りてきた。ごちそうを引きちぎり、触れたものをすべて汚し、ひどい悪臭を残していく。場所を変えて食卓を整え直しても、また襲ってくる。
アイネイアスは仲間に武器を取らせ、草むらに剣と盾を隠させた。ハルピュイアたちがまた浜に舞い降りると、合図のラッパが鳴り、仲間たちは斬りかかった。ところが羽根には刃が通らず、背中にも傷ひとつ付かない。怪物たちは、食べ散らかしたごちそうと汚れた跡を残して、空高く逃げ去った。
ただ一羽、ケライノだけが、高い岩の上に止まった。そして叫んだ。牛を殺しただけでは足りず、罪もない私たちを父祖の国から追い出すために、戦までしかけるのか。よく聞け。全能の神々の父がアポロンに告げ、アポロンが私に告げた予言を、復讐の女神たちの中で最も偉大な私が明かしてやる。そして、あの食卓の予言を告げると、森へ飛び去った。
トロイアの人々は血の気を失い、武器を捨てて、祈りで和を乞うた。
この予言は、ずっと後になって、拍子抜けするような形で当たる。ようやくイタリアの約束の地にたどり着いた一行は、草の上で食事をした。果物をのせる皿のかわりに、平たいパンを使った。食べる物がなくなると、そのパンにまでかじりつく。それを見た少年、アイネイアスの息子が笑って言った。あれ、ぼくたち食卓まで食べちゃったよ。アイネイアスは、ここが約束の地だと悟った。
ケライノの名前は、ギリシャの古い詩にはハルピュイアの名として出てこない。ヘシオドスの『神統記』が挙げるハルピュイアの名は、二羽だけである。
この物語の出典: ヘシオドス『神統記』、ウェルギリウス『アエネイス』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』
高い岩の上に止まったケライノは「不吉な予言者」として叫ぶ。おまえたちはイタリアへ行き、港にも入れる。だが、我らを殺そうとした罪ゆえに、恐ろしい飢えに迫られて食卓をかじり尽くすまで、約束の町を城壁で囲むことはできない。言い終えると森へ飛び去り、トロイア人は武器を捨てて祈りで和を乞う。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
予言はラティウムで、拍子抜けする形で成就する。上陸後の食事で平たいパンを皿がわりにし、それまで食べてしまったのを見たアスカニウスが「食卓まで食べちゃった」と言う。アイネイアスはこれを予言の成就と悟る。ただしこの場面でアイネイアスは、予言を残したのは父アンキセスだと言っている。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
ケライノという名は、アトラスとプレイオネの娘(プレイアデス)の一人の名でもある。ヒュギヌスは同じ序文の中で、アトラスとプレイオネの子の一覧と、タウマスとエレクトラの子(ハルピュイア)の一覧の両方にケライノを挙げている。
ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃
3巻の最後で父アンキセスを失ったアイネイアスは、ヘレノスもケライノもこの悲しみは予言しなかったと嘆く。多くの予言を受けてきた旅で、いちばん身近な死だけは誰も告げていなかった。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
ストロパデス島で、トロイア人が番のない牛を屠って宴を開くと、ハルピュイアが山から舞い降りて料理を奪い汚した。場所を変えても襲われ、剣で迎え撃つが羽根にも背にも刃が通らなかった。その後、ケライノだけが岩に止まって予言を叫ぶ。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
ケライノは自分のことを「フリアエ(復讐の女神たち)の中で最も偉大な者」と名乗る。ハルピュイアと復讐の女神を重ねる言い方で、ホメロスにもハルピュイアがさらった娘たちを復讐の女神エリニュスたちに渡す話がある。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
ヘシオドスがハルピュイアの名として挙げるのはアエロとオキュペテの二人だけで、ケライノの名はない。ハルピュイアの一人としてのケライノは、ウェルギリウスとヒュギヌスに出てくる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃