異伝: 悲劇では、アンティクレイアはラエルテスに嫁ぐ前にシシュポスと交わっており、オデュッセウスはその子だとされる。オデュッセウスを侮辱する文脈で持ち出される系譜。
ソポクレス『ピロクテテス』 前409年

Ἀντίκλεια人間
冥界のオデュッセウスの前に現れる予言者と、母アンティクレイアの霊。フュースリの絵。 『冥界のアンティクレイア(テイレシアスがオデュッセウスに未来を告げる)』 ヨハン・ハインリヒ・フュースリ 1800年ごろ ウェールズ国立博物館Public domain
英雄オデュッセウスの母と聞くと、どんな人を思い浮かべるだろう。
息子を戦場へ送り出し、帰りを信じて黙って待つ、気丈な母。そう想像した人ほど、少し意外な姿に出会う。
アンティクレイアは、イタケの王の妃である。彼女の父は、盗みと偽りの誓いにかけて並ぶ者がない、と『オデュッセイア』にわざわざ書かれる男だった。生まれたばかりの孫に名前を付けたのもこの祖父で、「わしは多くの者の怒りを買ってきた身だから」と、自分の来し方にちなんだ名を選んでいる。知恵者オデュッセウスの母方には、ずいぶん油断のならない祖父がいた。
息子がトロイアへ船出したとき、母はまだ生きていた。息子はそこで10年戦い、戦が終わってからも、海の神ポセイドンの怒りを買って島から島へ流され続けた。その帰りを待つうちに、アンティクレイアは世を去っていた。
母と息子がふたたび顔を合わせる場所は、この世ではなかった。
帰り道を探すオデュッセウスは、魔女キルケに教えられ、盲目の予言者の霊に会うために冥界の入口まで旅をする。穴に犠牲の血を注ぐと、死者の影が群がってきた。その中に、母がいた。
オデュッセウスは泣いた。それでも剣をかざして、母を血に近づけなかった。死者は血を飲まなければ生きた者と話せない。そして先に話を聞かなければならない相手は、その予言者だった。
予言を聞き終えてから、ようやく母は血を飲み、息子に気づく。オデュッセウスは尋ねた。母上はどうして亡くなったのか。長い病か、それとも弓の女神の穏やかな矢に射られたのか。父は、息子は、妻はどうしているのか。
母は家の様子から語りはじめた。あなたの妻は今も館で夫を待ち、夜も昼も泣き暮らしている。あなたの息子は領地を守っている。あなたの父はもう町に下りてこない。田舎の農園にこもり、冬は下男たちと炉ばたの灰の中で眠り、あなたの帰りを思って嘆いている。
そして自分の死について、こう答えた。私の命を奪ったのは、弓の女神の矢でも病でもない。あなたを恋しく思う気持ち、あなたの思慮深さと優しさを思う心が、私から命を奪ったのです、と。
たまらずオデュッセウスは、母を抱きしめようとした。三度腕を伸ばし、三度とも、母は影か夢のようにすり抜けた。これは冥界の女王が見せる幻なのかと問う息子に、母は静かに説く。人は死ねば、肉と骨をつなぐ筋はなくなり、体は火に焼かれ、魂は夢のように飛び去っていく。それが死すべき者の定めです、と。そして、早く光のもとへ帰りなさい、ここで見聞きしたことを覚えておいて、いつか妻に話してあげなさい、と息子を送り出した。
この母の最期を、オデュッセウスはもう一度聞くことになる。乞食に身をやつしてイタケへ帰り着いたとき、家に仕える忠実な豚飼いが語ったのだ。奥方は、名高いご子息を思う嘆きのあまり、みじめな死に方をなさった、と。豚飼いはさらに、奥方が自分を末の娘と一緒に育て、実の子とほとんど変わらず大事にしてくれたことを懐かしむ。つまりオデュッセウスには、妹がいた。
戦場で死んだわけでも、神に罰せられたわけでもない。ただ、待つことに耐えられなかった。それが『オデュッセイア』が描く英雄の母だ。
ところが後の時代になると、この慎ましい母に、まったく別の噂がつきまとうようになる。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』
異伝: 悲劇では、アンティクレイアはラエルテスに嫁ぐ前にシシュポスと交わっており、オデュッセウスはその子だとされる。オデュッセウスを侮辱する文脈で持ち出される系譜。
ソポクレス『ピロクテテス』 前409年
冥界で息子に死因を問われ、病でもアルテミスの矢でもなく、あなたを思う嘆きと恋しさが命を奪ったのだと答える。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
オデュッセウスは三度母を抱こうとするが、そのたびに影か夢のように腕をすり抜ける。死者には筋も骨もなく魂は夢のように飛び去る、と母が説明する。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
息子にイタケの様子を伝える役を担う。ペネロペイアはまだ待ち、テレマコスは所領を保ち、ラエルテスは田舎で嘆いていると語る。オデュッセウスが故郷の現状を知る唯一の場面。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
父はパルナソスのアウトリュコス。盗みと偽りの誓いに長けた人物で、孫に「オデュッセウス(憎まれる者、怒りを買う者)」という名を与えたのも彼だとされる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
11.84-224 冥界訪問で最初に言葉を交わす近親者