オウィディウスでは、洪水で海が他のすべてを覆ったとき、デウカリオンとピュラの小舟がパルナッソスに着き、二人はコリュキオンのニンフたち、山の神々、当時神託を持っていたテミスを拝んだ。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
Παρνασσός場所
20年ぶりに故郷へ帰ったオデュッセウスは、乞食の姿で自分の館に入り込んだ。足を洗ってくれた老いた乳母が、膝の上の古傷に触れたとたん、思わず足を取り落とし、盥がひっくり返る。正体に気づいたのだ。『オデュッセイア』の名場面である。この傷を負った場所が、ギリシャ中部にそびえるパルナッソス山だった。画家たちが集まったパリの街モンパルナスの名も、この山から来ている。

ふもとから頂まで、神話の山を登ってみる。
ローマの詩人オウィディウスは、この山を、二つの峰が星に届くほど高くそびえ、頂が雲を越える山として描いた。南の斜面の崖の下には、アポロンの神託所デルポイがある。
オデュッセウスの母方の祖父は、この山に屋敷を構えていた。盗みと誓いのごまかしにかけては並ぶ者のない男で、その技は伝令神ヘルメスから授かったものだった。生まれたばかりの孫を膝に乗せられたとき、名付け親になってこう言った。わしは大勢に腹を立てられてきた男だから、この子を「腹を立てられる者」、オデュッセウスと名づけよ。大人になってパルナッソスの屋敷に来たら、財産を分けてやろう。
若者になったオデュッセウスは、約束どおり祖父を訪ねた。翌朝、叔父たちと犬を連れて、森に覆われた険しい山を登り、風の吹き抜ける谷へ入っていく。茂みの奥から、背中の毛を逆立て、目に火をたたえた大猪が飛び出した。真っ先に長槍を振り上げて向かったオデュッセウスより早く、猪は横から突っ込んで、牙で膝の上を長く裂いた。オデュッセウスの槍は、猪の右肩を貫いた。叔父たちは傷を縛り、まじないの歌で黒い血を止めた。あの古傷は、この日のものである。
この山は、世界がいちど水に沈んだときに、最後まで残った場所でもあった。神々の王ゼウスが人間を滅ぼすために大洪水を起こし、大地がすっかり海になったとき、水の上に出ていたのはパルナッソスの頂だけだった。そこへ、生き残った一組の夫婦を乗せた小舟が流れ着く。二人はまず、洞穴のニンフたちと山の神々、そして当時まだ神託を告げていた掟の女神テミスに祈った。人類は、この山から下りた二人によってやり直されることになる。

洪水については、2世紀の旅行家パウサニアスが別の話も書き留めている。このあたりには最も古い町があったが、大雨で水に沈んだ。逃げられた人々は狼の遠吠えに導かれて山の頂へ登り、そこに新しい町を築いて「山の狼の町」と名づけたという。同じパウサニアスによれば、山の名は、この最初の町を築いた人物の名から来ている。海の神ポセイドンの息子ともいわれ、鳥の飛び方で吉凶を占う術を見つけた人物だった。
デルポイから山頂へ向かう道の途中には、大きな洞窟がある。パウサニアスが「これまで見た洞窟の中で、いちばん見る価値があった」と書いた場所だ。灯りがなくても奥まで歩いて行けるほど広く、天井から滴る水が床一面に跡を残していた。ふもとの人々は、ここを洞穴のニンフたちと、とりわけ牧神パンの聖所としていた。そこから先は、身軽な者でも登るのが難しい。雲の上の頂では、酒の神ディオニュソスとアポロンのために、女たちが神がかりになって熱狂の祭りをくり広げたという。
オウィディウスの『変身物語』では、この山は何度も舞台に顔を出す。太陽神の息子パエトンが父の馬車を暴走させたときには、二つの峰をもつパルナッソスも炎に包まれた。娘を亡くして嘆き狂ったある男は、この山の頂まで駆け上がって崖から身を投げ、哀れんだアポロンに鷹の姿に変えられた。アポロンに恋の矢を射込む前に、少年の神キューピッドが翼を打って舞い降りたのも、パルナッソスの木陰の多い峰の上だった。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、作者不詳『ホメロス風讃歌』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』、小学館『デジタル大辞泉』
オウィディウスでは、洪水で海が他のすべてを覆ったとき、デウカリオンとピュラの小舟がパルナッソスに着き、二人はコリュキオンのニンフたち、山の神々、当時神託を持っていたテミスを拝んだ。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
アポロドーロスでは、デウカリオンはプロメテウスの助言で箱を作り、9日9夜海を漂ってパルナッソスに着き、雨がやむと逃避の守り手ゼウスに犠牲を捧げた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
パウサニアスが伝えるデルポイの伝えでは、この地の最古の町はデウカリオンの時代の大雨で水没し、逃れた人々が狼の遠吠えに導かれてパルナッソスの頂に上り、リュコレイア(山の狼の町)を築いた。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
オウィディウスでは、アウトリュコスはヘルメスとキオネの子で、白を黒に、黒を白に変える盗みの名人として生まれる。双子の兄弟はアポロンの子で歌の名手ピラムモン。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
オウィディウスはパルナッソスを、二つの峰が星をめざしてそびえ、頂が雲を越える山として描き、パエトンの暴走で燃えた山々の中でも「二つの頭の」パルナッソスと呼ぶ。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
パウサニアスによれば、山の名は最古の町を築いたパルナッソスから来ている。ニンフのクレオドラの子で、父は神ポセイドンとも人間クレオポンポスともいい、鳥の飛び方による占いを発見したとされる。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
デルポイから山頂への道の、60スタディオンほど先の青銅像のさらに先にコリュキオンの洞窟がある。パウサニアスは見た中で最も見る価値のある洞窟とし、灯りなしで大部分を歩け、天井から滴る水の跡が床一面にあると記す。周辺の人々はコリュキオンのニンフたち、とりわけパンの聖所とした。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
オウィディウスでは、娘キオネをアルテミス(ディアナ)に射殺されたダイダリオンが嘆きのあまりパルナッソスの頂へ駆け上がって身を投げ、哀れんだアポロンに鷹へ変えられる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
デルポイの神域への登り道の右手にカスタリアの泉があり、泉の名の由来については土地の女とも男カスタリオスとも、河神アケロオスの娘カスタリアともいわれた。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
『オデュッセイア』で乳母エウリュクレイアがオデュッセウスを見破る膝の傷は、若いころパルナッソス山で母方の祖父アウトリュコスの息子たちと猪狩りをして負ったもの。詩はここで、傷の由来と名付けの話を長く挿入する。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
アウトリュコスは盗みと誓いのごまかしに長けた男で、その技はヘルメスから授かった。生まれたオデュッセウスに、自分が大勢に腹を立てられてきたことにちなむ名を付け、成人してパルナッソスの屋敷に来たら財産を与えると約束した。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
パウサニアスは、パルナッソスの頂は雲の上にあり、テュイアデスと呼ばれる女たちがそこでディオニュソスとアポロンのために熱狂すると書く。アイスキュロス『慈しみの女神たち』の巫女も、コリュキオンの岩屋のニンフと、この地を占めるディオニュソスに祈っている。
アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』 前458年、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
水の上に残った山、箱舟の漂着地
モンパルナス(Montparnasse)パリのセーヌ川の左岸、南部にある地区の名。名前は、もとこの地にあった、ギリシャのパルナッソス山の名を付けた丘にちなむ。パルナッソスは、アポロンの神託所デルポイの背後にそびえる山。19世紀の後半からはモンマルトルと並んで、エコール・ド・パリの画家たちの多くがここにアトリエを構え、20世紀に入ると前衛芸術家や亡命者の集まる街になった。