オウィディウスでは、アポロンは手柄を後世に残すためにピュティア祭を創設し、大蛇の名から名づけた。勝者の冠は樫の葉で、月桂樹はまだ無かったとされ、直後のダプネの話につながる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃

Πύθων怪物
弓を持つアポロンと、大蛇ピュトン。J・M・W・ターナーの作。 『アポロンとピュトン』 J・M・W・ターナー 1811年Public domain
ニシキヘビの仲間を、英語ではパイソンと呼ぶ。熱帯に棲む、毒を持たない大きなヘビに動物の名としてこの名が付いたのは、19世紀のことだ。もとをたどると、ギリシャ神話で太陽神アポロンに退治された一匹の大蛇に行き着く。その名がピュトンである。
では、この大蛇がどんな怪物で、どのように倒されたのか、古い語りから順に見ていこう。
いちばん古いのは『ホメロス風讃歌』の一篇『アポロン讃歌』だ。のちにデルポイと呼ばれる土地の泉のそばに、雌の大蛇が棲んでいた。人を襲い、羊を襲う、血なまぐさい災いである。この大蛇は、ある怪物の育ての親でもあった。夫のゼウスが自分ひとりで女神アテナを生んだことに腹を立てたヘラは、対抗して自分ひとりで子を産んだ。生まれたのは、神にも人にも似ない怪物テュポン。ヘラはこの子を、泉の大蛇に預けて育てさせた。
神託所を開く土地を探していたアポロンは、強い弓でこの大蛇を射た。大蛇は激しい痛みに身をよじり、あえぎながら森の中を転げ回ったすえ、血とともに息を吐き出して死んだ。アポロンは勝ち誇って言う。ここで腐れ。もう人間を苦しめることはない。テュポンも怪物キマイラも、お前を死から救えはしない。骸は太陽の光で腐っていき、この地はピュト、アポロンはピュトの神と呼ばれるようになった。讃歌の大蛇には、まだ名前がない。
ピュトンという名で語るのは、もっと後の作家たちだ。ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』では、大洪水が引いたあと、泥にまみれた大地が太陽の熱で温まり、さまざまな生き物を生み出した。その中に、大地が望まずに産んだ大蛇ピュトンがいた。山の斜面をひとつ覆うほど大きく、生まれたばかりの人間たちを震え上がらせた。
それまで鹿や山羊しか射たことのなかったアポロンは、矢筒がほとんど空になるまで、千本もの矢を浴びせてこれを倒した。黒い傷口から、毒があふれ出た。手柄が忘れられないよう、アポロンは競技の祭りを始め、倒した大蛇にちなんでピュティア祭と名づけた。勝者は樫の葉の冠を受けた。月桂樹の冠でないのは、月桂樹がまだこの世になかったからだ。

その月桂樹は、この大蛇退治のすぐあとに生まれる。ピュトンを倒して得意になっていたアポロンは、弓を手にした少年の神キューピッドを見かけてからかった。子どもが強い武器を持ってどうする。こちらは無数の矢で、あの大蛇を倒したばかりなのだ。怒ったキューピッドは、アポロンの胸に恋の金の矢を、川の神の娘ダプネには恋を拒む鉛の矢を射込んだ。アポロンに追われたダプネが最後に姿を変えたのが、月桂樹である。
ローマ時代の神話集を書いたヒュギヌスは、さらに因縁を付け加えている。ピュトンは大地の女神の子で、アポロンより前に、パルナッソス山で神託を告げていた。そして、女神レトの産む子に殺される運命にあった。レトがゼウスの子を身ごもったと知ると、ピュトンは彼女を殺そうと追いかけた。北風がレトを抱えて海の神ポセイドンのもとへ運び、ポセイドンは彼女を島に送り届けると、その島を波の下に隠した。探しあぐねたピュトンは、パルナッソスへ引き返す。やがて島は海の上に戻され、のちにデロス島と呼ばれた。レトはそこでオリーブの木にすがって、アポロンとアルテミスを産む。鍛冶の神ヘパイストスが、双子に矢を贈った。
生まれて4日目、アポロンは母の仇を討ちにパルナッソスへ向かい、矢でピュトンを射殺した。その骨を大釜に納めて自分の神殿に置き、死んだ大蛇のために弔いの競技を開いた。これがピュティア祭の始まりだという。
ほかにも語りは分かれる。ギリシャ神話を一冊にまとめたアポロドーロスでは、ピュトンは神託所の番人で、神託を告げる地の裂け目に近づこうとするアポロンを阻んだために殺される。2世紀の旅行家パウサニアスは、アポロンに射られたのは大地の女神が神託の番に置いた竜だという詩人たちの話を記したうえで、実は神殿を荒らした乱暴な男だったという説まで書き留めている。
神でさえ、殺しの穢れからは逃れられなかった。パウサニアスによれば、ピュトンを倒したアポロンとアルテミスは身を清めるためにペロポネソスの町を訪ね、そこで恐れに襲われてクレタ島へ向きを変えた。アポロンを清めたのは、クレタの男だったという。
この物語の出典: 作者不詳『ホメロス風讃歌』、オウィディウス『変身物語』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
オウィディウスでは、アポロンは手柄を後世に残すためにピュティア祭を創設し、大蛇の名から名づけた。勝者の冠は樫の葉で、月桂樹はまだ無かったとされ、直後のダプネの話につながる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
ヒュギヌスでは、アポロンはピュトンの骨を大釜(コルティナ)に納めて神殿に置き、弔いの競技を開いた。これがピュティア祭だという。
ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスでは、アポロンがデルポイに来たとき神託を告げていたのはテミスで、ピュトンは神託の番をしており、アポロンが裂け目に近づくのを妨げたため殺された。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
パウサニアスは、詩人たちの言う「大地が神託の番に置いた竜」という話と並べて、アポロンが射たのはエウボイアあたりを支配したクリオスの乱暴な息子で、神殿と富者の家を荒らしたため、巫女ペモノエの神託どおりアポロンに射殺された、という合理化した説も記す。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
オウィディウスでは、デウカリオンの洪水のあと、泥の大地が太陽に温められて新しい生き物を生み、その中で大地が望まずに産んだのがピュトンだった。山の斜面を覆うほどの大きさで、新しい人間たちの恐怖の的となる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
オウィディウスのアポロンは、それまで鹿や山羊にしか弓を使ったことがなく、矢筒をほぼ空にする千本の矢でピュトンを倒す。黒い傷口から毒が流れ出た。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
パウサニアスが伝えるピュティア祭の最古の競技は、神への讃歌を歌う競技だった。最初の勝者は、アポロンを清めたというクレタのカルマノルの子クリュソテミスとされる。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
『変身物語』では、ピュトンを倒して得意になったアポロンがクピド(キューピッド)の弓をからかい、怒ったクピドが金の矢でアポロンを、鉛の矢でダプネを射る。ピュトン退治は、アポロンの最初の恋の話の引き金として置かれている。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
ヒュギヌスでは、ピュトンは大地の子の巨大な竜で、アポロン以前にパルナッソスで神託を告げていた。レトの子に殺される運命を知って身ごもったレトを追うが、北風がレトをネプトゥヌス(ポセイドン)のもとへ運び、ネプトゥヌスはオルテュギア島を波で覆って隠した。島はのちに浮かび上がってデロス島となり、レトはオリーブの木にすがってアポロンとディアナ(アルテミス)を産む。アポロンは生まれて4日目にピュトンを射殺した。
ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃
パウサニアスによれば、ピュトを殺したアポロンとアルテミスは清めを求めてアイギアレイア(のちのシキュオン)へ来たが、恐れに襲われてクレタのカルマノルのもとへ向かった。カルマノルがアポロンを清めたと伝えられる。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
英語の python は1580年代から神話の大蛇の名として使われ、熱帯の大型の無毒のヘビを指す動物学上の名になったのは1836年(もとはフランス語)とされる。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
最古の『アポロン讃歌』では、アポロンが射殺すのは泉のそばの名のない雌の大蛇(ドラカイナ)である。骸が太陽の力で腐ったことから、土地はピュト、アポロンはピュティオスと呼ばれるようになったと説明される。
作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃
同じ讃歌で、この雌の大蛇は、ヘラがゼウスに対抗して独りで産んだテュポンを預かって育てたとされる。アポロンは止めを刺すとき、テュポンもキマイラもお前を救えない、と言い放つ。
作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃
140 アポロン以前にパルナッソスで神託を告げ、レトを追いあぐねてここへ戻る
パイソン / python(ニシキヘビ・プログラミング言語)大きなヘビを指す英語の python(パイソン)は、デルポイの近くでアポロンに退治された伝説の大蛇ピュトンの名から来ている。英語では1580年代にまずこの伝説の蛇の名として現れ、やがて「とても大きな蛇」一般をゆるく指すようになり、1836年からは熱帯にすむ毒のない大蛇(ニシキヘビの仲間)を指す動物学の名前にもなった。名前はデルポイの古い呼び名ピュトーと関係があるらしい。一方、プログラミング言語の Python は蛇とも神話とも関係がない。公式のよくある質問によれば、作者が実装を始めたころ、1970年代のBBCのコメディ番組「空飛ぶモンティ・パイソン」の台本を読んでいて、短くて少し謎めいた名前として選んだという。