ゼウスが望みを一つかなえると言ったので、人間が欲しいと願った。ゼウスの命で頭越しに石を投げると、デウカリオンの投げた石は男に、ピュラの投げた石は女になった。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Δευκαλίων人間
デウカリオンとピュラ。ピーテル・パウル・ルーベンスの作。 『デウカリオンとピュラ』 ピーテル・パウル・ルーベンス 1636年Public domain
星占いでおなじみの水瓶座。古代の星の本には、この水を注ぐ男は誰なのか、という説が並べて書かれている。その一つが、大洪水を生き延びた男デウカリオンだという説である。彼の時代に、天から大量の水が降り注いだからだ。
では、この男がどうやって洪水を生き延び、どうやって人間をよみがえらせたのか、見ていこう。
デウカリオンは、人間に火を与えた神プロメテウスの息子だった。妻ピュラは、プロメテウスの兄弟と、神々が作った最初の女パンドラのあいだの娘である。
アポロドーロスによれば、ゼウスは当時の人間、青銅の種族を滅ぼそうと決めた。父プロメテウスはそれを知って、息子に箱舟を作らせた。デウカリオンは箱に食糧を積み込み、妻と二人で乗り込んだ。
ゼウスは天から大雨を降らせ、ギリシャの大部分を水に沈めた。高い山に逃れたわずかな者を除いて、人間はみな死んだ。夫婦の箱は9日9夜、海となった大地を漂い、ギリシャ中部の高い山にたどり着いた。雨がやむと二人は箱から降り、逃れさせてくれたゼウスに犠牲を捧げた。
ローマの詩人オウィディウスは、この場面をもっと心細く描く。見渡すかぎり水の中、生きているのは自分たち二人だけ。デウカリオンは妻に呼びかける。わたしの姉妹よ、妻よ、女の中でただ一人残った人よ。二人はいとこどうしでもあった。
人間を取り戻すにはどうすればいいのか。オウィディウスでは、二人は掟の女神の社で祈り、謎めいたお告げを受ける。偉大な母の骨を、背中越しに投げよ。ピュラは震えた。母の骨を投げるなど、そんな恐ろしいことはできない。考え込んだデウカリオンは気づく。偉大な母とは大地のこと、その骨とは石のことだ。
二人は石を拾い、振り返らずに背中越しに投げた。デウカリオンが投げた石は男に、ピュラが投げた石は女になった。人間が石のように硬く、苦労に耐える種族なのはそのためだ、とオウィディウスは結んでいる。アポロドーロスでは、石を投げるよう命じたのはゼウスだった。ギリシャ語では「民」と「石」がよく似た言葉で、石から生まれた人々の話はそこにかけた言葉遊びだと、古代から言われていた。
夫婦のあいだには、息子ヘレンが生まれた。ギリシャ人が自分たちをヘレネスと呼ぶのは、このヘレンの名から来ているという。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ヘシオドス(に帰される)『女たちのカタログ(エーホイアイ)断片』、ピンダロス『祝勝歌集』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』
ゼウスが望みを一つかなえると言ったので、人間が欲しいと願った。ゼウスの命で頭越しに石を投げると、デウカリオンの投げた石は男に、ピュラの投げた石は女になった。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
オウィディウスでは、石を投げよと告げるのはゼウスではなく女神テミスの神託で、「偉大な母の骨を背後に投げよ」という謎の形をとる。ピュラは母の骨を投げるなど畏れ多いと怯えるが、デウカリオンが「偉大な母とは大地、骨とは石のことだ」と解く。そのため人間は石のように硬く、労苦に耐える種族なのだ、と結ばれる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
ゼウスが青銅の種族を滅ぼそうとしたとき、父プロメテウスの助言で箱(ラルナクス)を作り、食糧を積んでピュラと乗り込んだ。9日9夜漂ってパルナッソス山に着き、雨がやむと船を下りてゼウスに犠牲を捧げた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
水瓶座を誰とするかについて、ヒュギヌスはガニュメデスとする説と並べて、ヘゲシアナクスがデウカリオンだと言っていることを記す。デウカリオンの治世に天から大量の水が注いだから、という理由。
ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』 1〜2世紀
オウィディウスでは、洪水の後、デウカリオンはピュラに「姉妹よ、妻よ、ただ一人残った女よ」と呼びかける。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
石から生まれた人々を「ラオイ(民)」と呼ぶのは、石(ラース)にかけた語呂合わせだと古代から言われていた。ピンダロスがすでにこの語呂合わせを使い、ヘシオドス断片も、ゼウスが大地から拾った石をデウカリオンに民として与えたと歌う。ヒュギヌスも同じ説明を繰り返す。
ヘシオドス(に帰される)『女たちのカタログ(エーホイアイ)断片』 前6世紀頃、ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃
ホメロスにはデウカリオンの洪水が出てこない。『イリアス』に出るデウカリオン(13.449-450)はミノスの子で、クレタの王イドメネウスの父という別人。ピュラの夫のデウカリオンが文献に現れるのはヘシオドスの名で伝わる系譜詩の断片と、前5世紀のピンダロスから。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ヘシオドス(に帰される)『女たちのカタログ(エーホイアイ)断片』 前6世紀頃、ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半
アポロドーロスはデウカリオンをプティア周辺の王とする。ピンダロスでは、パルナッソスから下りた二人が最初に住んだのはロクリスのオプスの町(プロトゲネイアの町)とされる。
ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃