後代の伝承では、エピメテウスとの間にピュラを産み、ピュラはデウカリオンの妻となって大洪水後の人類の祖となる。パンドラは人類の破滅と再生の両方に繋がる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Πανδώρα人間
箱を手に、岩に腰かけるパンドラ。ルフェーヴルの絵。 『パンドラ』 ジュール・ルフェーヴル 1882年Public domain
開けてはいけないものを開けてしまうことを、「パンドラの箱を開ける」という。ところが、いちばん古い詩に出てくるのは箱ではない。穀物や葡萄酒をたくわえる、大きな甕だった。箱に変わったのは、ずっと後の16世紀、ルネサンスの学者エラスムスがこの話をラテン語で語り直したときのことだとされる。
話は、神々と人間の知恵比べから始まる。神プロメテウスが神々の王ゼウスをだまし、天から火を盗んで人間に与えた。ゼウスは声を上げて笑い、言った。火の代わりに、人間には災いをくれてやろう。誰もが喜んで抱きしめ、それで身を滅ぼすような災いを。

ゼウスの命令で、鍛冶の神ヘパイストスが土と水をこね、女神のように美しい娘の姿を作った。女神アテナは機織りの技を教えて衣を着せ、愛の女神アプロディテは人を惑わす魅力と、身を焦がす恋の苦しみを頭に注いだ。伝令神ヘルメスは、恥知らずな心と、嘘と、ずる賢い性質を授けた。こうして神々の全員から贈り物を受けたので、娘は「すべての贈り物」という意味のパンドラと名付けられた。
ヘルメスは娘を、プロメテウスの弟エピメテウスのもとへ届けた。兄はかねて弟に言い聞かせていた。ゼウスから贈り物が来ても、決して受け取るな。人間の災いになるから送り返せ、と。ところが「後から考える者」という名のこの弟は、兄の言葉を忘れて娘を受け取った。災いが自分のものになってから、ようやく気づいた。
それまで人間は、災いも、つらい労働も、人を老いさせる病も知らずに暮らしていた。そこへ来たパンドラが、自分の手で大きな甕の蓋を取った。中に詰まっていたものが飛び散り、人間の世界にありとあらゆる苦しみがあふれ出た。病は昼も夜も、音も立てずにやって来る。ゼウスが病から声を奪ったからだ。

甕の中にただひとつ残ったのが、希望だった。ゼウスの意志で蓋が閉じられ、それだけは外へ飛び出さなかった。ただ、この「希望」にあたる言葉は、悪いことを予期する気持ちも含む。人間に希望が残されたのか、それとも希望さえ閉じ込められたのか。古くから読みが分かれている。
甕がどこから来たのか、誰のものだったのかを、『仕事と日』は語っていない。しかも同じヘシオドスの『神統記』で最初の女の誕生を語るときには、名前も甕も出てこない。そこでは、ただ女という種族の始まりとして語られるだけだ。
後の時代の伝えでは、パンドラはエピメテウスとの間に娘をもうけた。その娘は、プロメテウスの息子の妻となり、ゼウスが大洪水で人類を滅ぼしたとき、夫とともに大きな箱に乗って生き延び、新しい人間の祖となった。災いを世に放った女の娘が、人類をもう一度始めることになる。

この物語の出典: ヘシオドス『仕事と日』、ヘシオドス『神統記』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、エラスムス『格言集(アダギア)』、ドラ・パノフスキー / エルヴィン・パノフスキー『パンドラの箱 ― ある神話的象徴の変容』
後代の伝承では、エピメテウスとの間にピュラを産み、ピュラはデウカリオンの妻となって大洪水後の人類の祖となる。パンドラは人類の破滅と再生の両方に繋がる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ゼウスの命令で、ヘパイストスが土と水から人間の娘の姿に造り、アテナが技と装いを、アプロディテが魅惑を、ヘルメスが偽りの言葉と犬のような心を与えた。
ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃
名は「パンドラ(すべての贈り物)」。オリュンポスに住む神々すべてが贈り物を与えたから、とヘシオドス自身が説明する。
ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃
同じヘシオドスの『神統記』にも最初の女が造られる話があるが、そこでは名前が与えられず、「女という種族」の起源として語られるだけで、壺も出てこない。パンドラという名と壺は『仕事と日』にしかない。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃、ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃
プロメテウスの警告を忘れて弟エピメテウス(「後から考える者」)が彼女を受け取り、災いを得てから気づいた。
ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃
大甕の大きな蓋を自らの手で取り去り、人間に災いを撒き散らした。エルピス(期待・希望)だけが縁の内側に残った。
ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃
火を盗まれたゼウスは「火の代償に、人間が喜んで抱きしめる災いを与えよう」と言って声を上げて笑い、パンドラを造らせた。
ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃
それまで人間は災いもつらい労働も重い病も知らずに暮らしていた。パンドラが甕の蓋を取ると災いが散らばり、病は昼も夜も音もなく人を襲う。ゼウスが病から声を奪ったからである。
ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃
『仕事と日』73-75 春の花の冠をかぶせる
パンドラ(土星の衛星)/ Pandora土星の衛星パンドラは、1980年に探査機ボイジャー1号の画像から見つかった小さな衛星で、細かな氷の塵にすっぽり覆われている。土星の細い環(F環)の外側を回り、内側のプロメテウスと一緒に、この環をはさむ位置にいる。NASAの説明では、プロメテウスが環を保つのに対して、パンドラは環をかき乱しがちだという。神々が災いの贈り物として人間に送り込んだ女性の名にふさわしい働きである。