キルケの説明では、島には牛の群れが7つ、羊の群れが7つあり、それぞれ50頭。子を産むことも死ぬこともなく、数が変わらない。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
Θρινακίη場所
皮が床を這い、串に刺した肉が、焼けたものも生のものも、牛の声で鳴いた。
英雄オデュッセウスの仲間たちが、決して手を出してはならない太陽神の牛を殺して食べたとき、神々が見せた不気味なしるしである。その事件が起きた島が、トリナキエだった。どんな島で、何が起きたのか、『オデュッセイア』で見ていこう。
トリナキエは、太陽神ヘリオスの牛と羊が放されている島である。魔女キルケは、オデュッセウスに教えた。島には牛の群れが7つ、羊の群れが7つあり、それぞれ50頭ずつ。子を産むこともなければ死ぬこともなく、数はいつも変わらない。番をしているのは、太陽神の二人の娘たちだ、と。
牛に手を出すな。オデュッセウスは、この警告を二度聞いていた。一度は冥界で盲目の予言者の霊から、もう一度はキルケから。無事にしておけば、苦しい旅でも故郷に帰れる。だが傷つければ、船も仲間も滅び、お前一人が遅れて惨めに帰るだろう、と。
オデュッセウスは、島に寄ること自体を避けようとした。ところが、疲れきった仲間たちが反対する。副官のエウリュロコスが、せめて一晩だけでも陸で休ませてほしい、と言い張り、ほかの者も同調する。オデュッセウスは、牛には手を出さないと皆に誓わせてから、上陸を許すしかなかった。
その夜から、南風と東風が吹き荒れ、1か月のあいだやむことがなかった。船は出せない。積んでいた食べ物も酒も尽き、仲間たちは魚や鳥を釣って飢えをしのぐ。オデュッセウスが神々に祈ろうと島の奥へ入り、眠り込んでしまったすきに、エウリュロコスが仲間をけしかけた。どんな死に方もつらいが、飢えて死ぬのがいちばん惨めだ。いちばん良い牛を神々に捧げよう。もし太陽神が怒って船を沈めるなら、長く苦しむより、波にのまれて一息に死ぬほうがましだ、と。

仲間たちは牛を追い立てて殺す。捧げ物にまく大麦がなかったので、代わりに柔らかな樫の葉を使った。
番をしていた娘から知らせを聞いた太陽神は、ゼウスに訴えた。償いをしないなら、私は冥界に降りて、死者たちを照らすことにする、と。そして、あの不気味なしるしが現れる。それでも仲間たちは、6日のあいだ牛の肉を食べ続けた。
7日目に風がやみ、一行は船を出した。島が見えなくなったところで、ゼウスが黒い雲を呼び寄せ、嵐を起こして雷を落とす。船は砕け、仲間たちは海にのまれた。牛を食べなかったオデュッセウスだけが、ひとり助かった。
この島は、のちにシチリアと重ねられるようになる。歴史家トゥキュディデスは、シチリアの古い名はトリナクリアだった、と書いている。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、トゥキュディデス『戦史(ペロポネソス戦争史)』、ストラボン『地理誌』
キルケの説明では、島には牛の群れが7つ、羊の群れが7つあり、それぞれ50頭。子を産むことも死ぬこともなく、数が変わらない。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
牛に手を出すなという警告は二度出る。冥界でテイレシアスが、次にキルケが同じことを告げる。オデュッセウスは島に寄ること自体を避けようとしたが、仲間に押し切られて上陸した。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
シチリアの古い名はトリナクリアだとトゥキュディデスは書いており、この島をシチリアに重ねる見方が古代からある。ただ、誰が最初にホメロスの島とシチリアを同じだと言い出したかは辿れない。
トゥキュディデス『戦史(ペロポネソス戦争史)』 前5世紀末、ストラボン『地理誌』 1世紀初頭
仲間たちは大麦がないので樫の柔らかい葉を代わりにまいて牛を捧げた。神々はしるしを見せ、皮が這い、串の肉は焼けたものも生のものも牛の声で鳴いた。それでも仲間は6日間食べ続けた。ヘリオスは償いがなければ冥界に降りて死者を照らすとゼウスに迫った。南風と東風は1か月吹き続けていた。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃