アポロドーロスでは、神託が命じたのは「十の難業」だった。ところがエウリュステウスは、ヒュドラ退治はイオラオスの助けを借りたから、アウゲイアスの家畜小屋の掃除は報酬を取ったから、と2つを数えず、林檎とケルベロスを追加させた。こうして12になる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ἆθλοι / ἄεθλοι出来事
英雄に次々と難題を命じた王は、その英雄がこわくてたまらなかった。後の神話集によれば、王はヘラクレスが獅子の死骸を担いで帰ってくると、その力に震え上がり、二度と町に入るなと命じた。手柄は城門の前で見せればよい。自分は地面の下に青銅の大甕を作らせて、その中に隠れ、命令は伝令に伝えさせたという。
ギリシャ神話最強の英雄ヘラクレスの「十二の功業」。英雄は、なぜこの臆病な王に仕えることになったのか。そして何を成し遂げたのか。順にたどってみよう。
ヘラクレスは、ゼウスが人間の女に産ませた子である。ゼウスの妻ヘラは、この子を生まれる前から憎んでいた。やがて英雄は、ヘラに正気を奪われ、自分の子どもたちを火の中に投げ込んで殺してしまう。
われに返ったヘラクレスは、デルポイのアポロンの神託に、どこに住めばよいかと尋ねた。巫女は告げる。ギリシャ南部のある町に住み、12年間、王エウリュステウスに仕えて、課される十の難業を果たせ。果たし終えたとき、お前は不死になるだろう、と。このエウリュステウスこそ、ヘラの策略でヘラクレスより先に生まれ、英雄が得るはずだった王座についた男だった。
一つめは、ネメアの獅子退治。矢も刺さらない獅子を、洞窟に追い込んで素手で首を絞めて殺した。

二つめは、沼に棲む水蛇ヒュドラ。頭は九つ、そのうち真ん中の一つは死なない。棍棒で頭を一つ打ち砕くと、そこから二つ生えてくる。おまけに大きな蟹が加勢に現れ、英雄の足に噛みついた。ヘラクレスは蟹を殺し、連れてきた甥に近くの林へ火をつけさせる。甥は燃える木で切り口を焼き、頭が生えてこないようにした。最後に死なない頭を切り落として土に埋め、重い岩をのせる。ヘラクレスは水蛇の体を裂き、その胆汁に矢をひたして毒矢にした。

三つめは、女神アルテミスの黄金の角の鹿を、傷つけずに生け捕りにすること。英雄は丸1年かけて追いかけた。四つめは、山から下りてきては土地を荒らす猪の生け捕り。
五つめは、ある王の家畜小屋にたまった糞を、たった一日で運び出すこと。ヘラクレスは小屋の土台に穴を開け、近くを流れる二つの川の流れを変えて小屋に引き込み、一気に洗い流した。六つめは、湖のほとりの森に群がる鳥の追い払い。女神アテナが授けた青銅の打楽器を山の上で打ち鳴らし、驚いて飛び立った鳥を射落とした。
七つめは、クレタ島の暴れ牛。英雄はこれを生け捕って王に見せ、そのあと放してやった。八つめは、人を食う雌馬たち。九つめは、女だけの戦士の国アマゾンの女王が持つ、軍神アレスから与えられた帯。王の娘が欲しがったためだった。十めは、世界の西の果ての島で、三つの体を持つ怪物が飼う赤い牛の群れ。その旅の途中、ヨーロッパとアフリカの境に、二本の柱を向かい合わせに立てた。暑さに怒って太陽神に弓を向けると、神はその度胸に感心して黄金の杯を貸してくれ、英雄はそれに乗って大洋を渡った。
ここまでで8年と1か月。ところが王は、二つの手柄を数に入れなかった。ヒュドラ退治は甥の手を借りたから、家畜小屋の掃除は報酬を受け取る約束をしていたから、というのである。こうして、難業は二つ増えた。
十一めは、世界の果ての園で竜が守る黄金の林檎。天を背負う巨神アトラスに林檎を取りに行かせ、そのあいだ英雄が天を肩代わりした。戻ったアトラスが天を返そうとしないので、ヘラクレスはひと芝居打ち、まんまと林檎を持ち去った。

最後の十二めは、冥界の番犬ケルベロス。英雄は冥界へ降り、冥界の王から、武器を使わずに取り押さえるなら連れて行ってよいと許しを得た。ヘラクレスは獅子の毛皮を身にまとい、犬の首に腕を回して、尾の竜に噛まれても離さず、ついに屈服させる。地上へ引きずり出して王に見せたあと、また冥界へ返しに行った。

この「十二」という数と順序は、最初から決まっていたわけではない。『イリアス』や『オデュッセイア』は「エウリュステウスの難業」とだけ言い、具体的に触れるのは冥界の犬のことくらいである。悲劇作家エウリピデスが挙げる12の偉業は、中身がかなり違っている。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、エウリピデス『ヘラクレス(狂えるヘラクレス)』、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』
アポロドーロスでは、神託が命じたのは「十の難業」だった。ところがエウリュステウスは、ヒュドラ退治はイオラオスの助けを借りたから、アウゲイアスの家畜小屋の掃除は報酬を取ったから、と2つを数えず、林檎とケルベロスを追加させた。こうして12になる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスの順序は、①ネメアの獅子 ②ヒュドラ ③ケリュネイアの鹿 ④エリュマントスの猪 ⑤アウゲイアスの家畜小屋 ⑥ステュンパロスの鳥 ⑦クレタの牡牛 ⑧ディオメデスの馬 ⑨ヒッポリュテの帯 ⑩ゲリュオンの牛 ⑪ヘスペリデスの林檎 ⑫ケルベロス。今日「十二の功業」として紹介される一覧は、ほぼこれにあたる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
エウリピデス『ヘラクレス』の合唱歌もヘラクレスの偉業を12並べるが、中身が違う。ケンタウロス退治、キュクノス退治、海の平定、天空を支えたことが入り、猪・家畜小屋・鳥・牡牛は入っていない。アポロドーロスの一覧とは選び方が別物である。
エウリピデス『ヘラクレス(狂えるヘラクレス)』 前420〜前414年頃
オリュンピアのゼウス神殿には、功業の浮彫が扉の上に並んでいた。パウサニアスはそこに、猪・ディオメデスの馬・ゲリュオン・アトラス・家畜小屋の掃除・アマゾンの帯・鹿・クノッソスの牡牛・ステュンパロスの鳥・ヒュドラ・獅子を挙げている。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
アポロドーロスは、最初の10の功業に8年と1か月かかったとする。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
第七の功業のクレタの牡牛は、ミノスがポセイドンに捧げると約束しながら惜しんだ牡牛だとする説がある。ヘラクレスが捕らえて見せたあと放すと、牡牛はマラトンに流れ着いて人々を苦しめ、のちにテセウスに退治される。ミノタウロスの父とされる牡牛と、テセウスのマラトンの牡牛が一本の線でつながる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスによれば、ネメアの獅子を担いで帰ったヘラクレスの力に驚いたエウリュステウスは、以後町に入ることを禁じ、手柄は城門の前で見せるよう命じた。自分は地下に青銅の甕を作らせてそこに隠れ、命令は伝令コプレウスに伝えさせたという。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ヘラの嫉妬で狂ったヘラクレスは、メガラとの子らとイピクレスの子二人を火に投げ込んだ。自ら追放の身となってデルポイに尋ねると、巫女は初めて彼をヘラクレスと呼び、ティリュンスに住んで12年エウリュステウスに仕え、課される十の難業を果たせば不死になると告げた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ゲリュオンの牛を取りに行く途中、ヘラクレスはヨーロッパとリビュエの境に旅のしるしとして二本の柱を向かい合わせに立てた。太陽に熱せられて弓を向けると、ヘリオスはその大胆さに感心して黄金の杯を与え、ヘラクレスはそれで大洋を渡った。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ホメロスは「エウリュステウスの難業」という言い方をし、冥界の犬を連れ出したことにだけ具体的に触れる。数は示さず、12という枠はまだ見えない。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ヘシオドス『神統記』は怪物の系譜の中で、ゲリュオン・ヒュドラ・ネメアの獅子をヘラクレスが倒したと個別に語るだけで、一続きの「功業」としてはまとめていない。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
「十二」という数が明記される例として、前3世紀のアポロニオス『アルゴナウティカ』がある。海神グラウコスが、ヘラクレスはエウリュステウスのもとで「十二の難業すべて」を果たす定めだと告げる。
アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀
アポロドーロス2.5.11 十一番目の功業(ヘスペリデスの林檎)の途上。パウサニアス9.11.6 テバイの破風では二つの功業の代わりに置かれる
2.5.5 第五の難業(のちにエウリュステウスが数に入れない)
2.5.9 九番目の功業「ヒッポリュテの帯」
2.5.6 六番目の功業
2.5.7 第七の功業はクレタの牡牛。アクシラオスはエウロペを運んだ牡牛、別説ではポセイドンがミノスのために送った牡牛とする