オウィディウスの形: 太陽(ソル)は、アレスとアプロディテの密通を最初に見つけてヘパイストスに告げた。その仕返しにアプロディテ(ウェヌス)は太陽に激しい恋をさせ、相手はペルシャの王オルカモスとエウリュノメの娘レウコトエだった。太陽に捨てられたクリュティエは嫉妬して、この恋を言いふらし、父王に告げる。王は「無理やりだった」と訴える娘を生き埋めにした。太陽は光で土を散らしたが娘はもう息がなく、ネクタルを注ぐと、その体から乳香の木が生えた。
オウィディウス『変身物語』 8年頃

Κλυτίη神
花に囲まれたクリュティエ。イーヴリン・ド・モーガンの作。 『クリュティエ』 イーヴリン・ド・モーガン 1886〜1887年Public domain
「ヘリオトロープ」という植物の名がある。もとはギリシャ語で「太陽のほうへ向きを変えるもの」という意味で、太陽の動きに合わせて花や葉を回すと考えられた草の名前だった。ローマの詩人オウィディウスは、太陽を見つめ続けて、そんな草に変わってしまった娘の話を書いている。娘の名はクリュティエ。
では、太陽に恋をし続けたクリュティエの物語を、オウィディウスの語りでたどってみよう。
クリュティエは、太陽神に愛されたことのあるニンフだった。ところが太陽神は、やがて彼女を捨ててしまう。
そのわけは、愛の女神アプロディテの仕返しにあった。すべてを見る太陽神は、かつてアプロディテと戦の神アレスの密会を見つけ、夫の鍛冶の神に告げ口したことがある。怒ったアプロディテは、太陽神にも激しい恋をさせた。相手は、東方の国の王の娘だった。太陽神は恋のあまり、朝は早く昇りすぎ、夕べは遅く沈みすぎ、冬の昼を長く引き延ばした。ほかの恋人たちのことは、すっかり忘れてしまった。
太陽神は、娘の母親の姿に化けて夜の部屋に入り込み、侍女たちを下がらせると、本当の姿を現した。娘は恐れおののいたが、神の輝きに負けてしまう。
これを知ったクリュティエは、嫉妬に燃えた。二人のことを言いふらし、娘の父親にまで告げた。父は怒り狂い、神に無理やりされたのだと手を差し伸べて訴える娘を、深い穴に生き埋めにしてしまった。太陽神は光で土を吹き散らしたが、娘はもう息をしていなかった。神は娘の亡骸と墓に香りの高い神の酒を注いだ。すると体は溶けて土にしみこみ、そこから乳香の木が生えて、墓を突き破って天へ伸びていった。
クリュティエの嫉妬は、恋の苦しみから出たもの。それでも太陽神は、二度と彼女のもとを訪れなかった。
クリュティエはやつれ果てた。髪をほどいたまま、夜も昼も地面にじかに座り込み、9日のあいだ水も食べ物も口にせず、露と自分の涙だけで飢えをしのいだ。そして地面から一歩も動かず、天を渡っていく太陽神の顔だけを見つめ、顔をそちらへ向け続けた。
やがて、手足は地面に根づいた。青ざめた部分は血の気のない葉になり、赤みの残る部分は、スミレによく似た花になった。根に縛られても、その花は太陽のほうを向き、姿が変わっても恋を失わなかった。
オウィディウスは、この花の名前を書いていない。1世紀のローマの博物学者プリニウスは、ヘリオトロープの草が曇りの日でも太陽とともに回り、夜になると恋しがるように花を閉じる、と書いている。
この物語の出典: オウィディウス『変身物語』、大プリニウス『博物誌』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
オウィディウスの形: 太陽(ソル)は、アレスとアプロディテの密通を最初に見つけてヘパイストスに告げた。その仕返しにアプロディテ(ウェヌス)は太陽に激しい恋をさせ、相手はペルシャの王オルカモスとエウリュノメの娘レウコトエだった。太陽に捨てられたクリュティエは嫉妬して、この恋を言いふらし、父王に告げる。王は「無理やりだった」と訴える娘を生き埋めにした。太陽は光で土を散らしたが娘はもう息がなく、ネクタルを注ぐと、その体から乳香の木が生えた。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
クリュティエの苦しみは言い訳になったかもしれないが、太陽はもう彼女のもとを訪れなかった。クリュティエはやつれ、髪もほどいたまま9日間、水も食べ物もとらず露と涙だけで地面に座り、天を渡る太陽の顔を目で追い続けた。体は地面に根づき、青ざめた部分は血の気のない葉に、赤みの残る部分はスミレに似た花になった。根に縛られても、彼女は太陽の方を向き、姿を変えても愛を保っている。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
クリュティエとレウコトエの話を語るのは、ディオニュソスの祭を拒んで機を織り続けるミニュアスの娘の一人レウコノエ。語り手は「太陽の恋を語ろう」と始める。オウィディウスより前にクリュティエの変身を語る資料は見つかっていないとされる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
オウィディウスは花の名を書いていない。太陽の動きに合わせて向きを変える草は、ギリシャ語で「太陽(ヘリオス)に向く(トレペイン)」を意味するヘリオトロピオンと呼ばれた。1世紀のプリニウスは、この草が曇りの日でも太陽とともに回り、「それほど星(太陽)を愛している」ので夜には恋しがるように青い花を閉じる、と書いている。プリニウスはクリュティエの名は出していない。
大プリニウス『博物誌』 77年、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
オウィディウスでは、生き埋めにされたレウコトエを太陽は救えず、亡骸と墓にネクタルを注ぐと、体が溶けて土にしみ、そこから乳香の木が生えて墓を突き破った。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
レウコトエに恋した太陽は、朝は早く昇りすぎ、夕べは遅く沈みすぎ、冬の昼を引き延ばし、ほかの恋人たち(クリュティエを含む)を忘れた。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
近世以降の絵画や詩では、クリュティエの花がヒマワリとして描かれることが多い。ただしヒマワリは南北アメリカ原産で、古代ギリシャ・ローマの人々は知らなかった。スミレに似た小さな花というオウィディウスの描写とも合わない。