ギリシャ神話の地図
ヘクトル父アンドロマケ母ネオプトレモス殺した男オデュッセウス殺した男ヘカベ祖母アキレウス父の仇トロイア落城命を落とした夜トロイア名の由来の町
アンドロマケと幼い息子アステュアナクス。ピエール=ポール・プリュードンの作。

アステュアナクス

Ἀστυάναξ人間

アンドロマケと幼い息子アステュアナクス。ピエール=ポール・プリュードンの作。 『アンドロマケとアステュアナクス』 ピエール=ポール・プリュードン 1813〜1817年、1823〜1824年ごろ メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

父が兜をかぶったまま腕を差し出すと、赤ん坊は泣きだして乳母の胸にしがみついた。兜のてっぺんで揺れる馬の毛の飾りが、怖かったのだ。父と母は声を上げて笑った。戦争の物語『イリアス』の中で、いちばん家庭的だといわれる場面である。泣いた赤ん坊の名は、アステュアナクスといった。

兜をかぶったヘクトルが、乳母に抱かれた息子に手を差し伸べる。
兜をかぶったヘクトルが、乳母に抱かれた息子に手を差し伸べる。『ヘクトルとアンドロマケの別れ』 ヨハン・ハインリヒ・ヴィルヘルム・ティシュバイン 1812年Public domain

では、トロイアの総大将の一人息子が、どんな運命をたどったのか見ていこう。

アステュアナクスは、トロイアの王子ヘクトルと妻アンドロマケの幼い息子だった。父は、町を流れる川にちなんだ名で彼を呼んでいた。けれどトロイアの人々は、別の名で呼んだ。アステュアナクス、「町の王」。この町を一人で守っているのは、父ヘクトルなのだから、と。

兜を脱いで地面に置いたヘクトルは、息子に口づけをし、腕に抱いてあやしながら、ゼウスと神々に祈った。この子も私のように、トロイアの人々の中で抜きん出た者になりますように。力強くこの町を治めますように。いつか戦から帰ってきたこの子を見て、人が言いますように。父親よりずっと優れている、と。そう言って、ヘクトルは息子を妻の腕に返した。妻は涙を浮かべながらほほえんだ。

これが、父と子の最後の時間になった。ヘクトルは戦場で、ギリシャの英雄アキレウスに討たれる。

夫の死を知ったアンドロマケは、息子の行く末を嘆いた。父の膝の上で、羊の骨の髄と脂ばかり食べ、遊び疲れると乳母の腕で柔らかな寝床に眠っていた子。父を失った子は、宴の席から追い出され、泣きながら母のもとへ戻ってくるだろう。やがてヘクトルの葬儀のとき、アンドロマケの嘆きは、もっと恐ろしい予感に変わる。この町はすぐに滅びる。私は敵の船で連れ去られ、お前はどこかの主人のもとで卑しい仕事をさせられるか、それとも、父ヘクトルに身内を殺されたギリシャ人の誰かが、お前の腕をつかんで、城壁から投げ落とすだろう。

『イリアス』はそこで終わり、予感の先は語らない。

予感は当たった。トロイアが落ちた夜、アステュアナクスは城壁から投げ落とされて殺された。手を下したのが誰かは、伝える作品によって違う。今は失われた叙事詩の一つでは、アキレウスの息子が幼子の足をつかんで塔から投げ落とした。別の失われた叙事詩のあらすじでは、殺したのはオデュッセウスだとされる。

エウリピデスの悲劇『トロイアの女』では、オデュッセウスの進言で、ギリシャ軍がこの子を城壁から落とすことを決める。優れた父を持つ子を育てさせてはならない、というのがその言い分だった。亡骸は、父ヘクトルが使っていた大きな楯に載せられて運ばれてきた。祖母である老いた王妃が、その楯を棺の代わりにして、孫を葬った。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、レスケス(伝)『小イリアス』、アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』、エウリピデス『トロイアの女』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』

この物語の人々

こういう風にも語られている

誰が殺したかは出典で異なる。『小イリアス』では、ネオプトレモスがヘクトルの子を掴んで塔から投げたとされる。ただしこれはプロクロスの要約ではなく引用断片に残る形で、パウサニアスもレスケス(『小イリアス』の作者とされる)が塔から投げ落とされたと記していると伝える。

レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

一方『イリオスの陥落』の要約では、はっきりと「オデュッセウスがアステュアナクスを殺す」と書かれる。エウリピデスやアポロドーロスでは、オデュッセウスの提案でギリシャ勢が決定し城壁から投げ落とす形になっている。

アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』 前7世紀頃、エウリピデス『トロイアの女』 前415年、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

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名が二つある。父ヘクトルはスカマンドリオスと呼び、トロイア市民はアステュアナクス(街の王)と呼んだ。ヘクトルひとりがイリオスを守っていたからだと『イリアス』は説明する。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

父の兜の馬毛の房飾りに怯えて乳母の胸に泣きすがり、ヘクトルとアンドロマケが笑う。『イリアス』でもっとも家庭的な場面として知られる。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

『イリアス』には死は書かれていない。アンドロマケが葬儀の嘆きの中で「城壁から投げ落とされるだろう」と予感するだけで、その先は語られない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

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エウリピデス『トロイアの女』では、遺体が父ヘクトルの大盾に載せられて運ばれ、ヘカベが葬る。盾が棺の代わりになるという演出は悲劇の創意とされる。

エウリピデス『トロイアの女』 前415年

兜を脱いだヘクトルは息子に口づけしてあやし、ゼウスと神々に「この子も私のようにトロイア人の中で抜きん出て、力強くイリオスを治め、いつか戦から帰ったとき『父よりずっと優れている』と言われますように」と祈る。アンドロマケは涙のうちにほほえんだ。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

ヘクトルの死を知ったアンドロマケは、父の膝で髄と脂を食べていた子が、父を失って宴から追い払われ泣いて戻ってくるだろうと嘆く。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

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このページの出典(6件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前7世紀頃レスケス(伝)『小イリアス』
  3. 前7世紀頃アルクティノス(伝)『イリオスの陥落』
  4. 前415年エウリピデス『トロイアの女』
  5. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  6. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』