出典 · 古拙期(ヘシオドス・叙事詩圏)
仕事と日
ヘシオドス · 前700年頃 · Works and Days
パンドラの逸話(42-105行)や五時代説話を含む。
日本語訳: 松平千秋訳、岩波文庫、1986 · 原文・参考リンク ↗
この出典が語っていること
人間の五つの時代
- ヘシオドス『仕事と日』は、神々とゼウスが順に作った五つの種族を語る。金(クロノスの治世)、銀、青銅、英雄(半神)、そして詩人自身が生きる鉄の種族。金属の名の中に、金属でない英雄の種族が挟まっているのが特徴。 (106-201)
- 金の種族は神々のように悩みも苦労もなく、老いを知らず、眠るように死んだ。大地は耕さずとも実りを与えた。死後は、霧をまとって地上をめぐり人間を見守り、富を授ける善い霊になった。 (109-126)
- 銀の種族は、子が母のもとで100年も幼子のまま育ち、大人になると愚かさゆえに互いを傷つけ、神々を敬わず供え物もしなかったため、短命でゼウスに隠された。死後は地下の霊と呼ばれる。 (127-142)
- 青銅の種族はとねりこの木から生まれ、アレスの業と暴力を好み、パンを食べず、鎧も家も道具も青銅だった。黒い鉄はまだなかった。彼らは互いの手で滅び、名も残さず冥界へ下った。 (143-155)
- 英雄の種族は、テーバイでオイディプスの家畜をめぐって、またトロイアでヘレネのために戦って倒れた。残りの者はゼウスによって大地の果て、オケアノスのほとりの幸いな者たちの島に住まわされ、年に三度実る大地の恵みを受ける。 (156-173)
- 詩人は「五番目の種族の中にいたくなかった」と嘆く。鉄の種族は昼夜苦労し、子が白髪で生まれるころにゼウスに滅ぼされる。親子・客と主人・友・兄弟の信頼が失われ、力が正義となり、最後にアイドス(恥)とネメシス(義憤)が白い衣に身を包んで神々のもとへ去る。 (174-201)
- 関係: participant → kronos (『仕事と日』111 金の種族はクロノスの治世に生きた。『変身物語』1.113 サトゥルヌスが追われて銀の時代に)
- 関係: participant → zeus (137-169 銀の種族を隠し、青銅・英雄・鉄の種族を作る)
- 関係: participant → nemesis (197-201)
- 関係: has_episode → trojan-war (164-165 英雄の種族の時代の戦い)
- 関係: has_episode → seven-against-thebes (161-163 英雄の種族の時代の戦い)
アプロディテ
- 関係: gave_gift → pandora (65-66。頭に恩寵と、人を苛む欲望を注いだ)
アテナ
- 関係: gave_gift → pandora (63-64, 72-76。機織りを教え、装いを与えた)
エリュシオン
- ヘシオドスは、英雄の種族の一部が、大地の果て、渦巻くオケアノスのほとりの「至福者の島」で悲しみを知らずに暮らし、大地が年に三度実りを与える、と歌う。ピンダロスは、そこでラダマンテュスの裁きのもとにペレウス、カドモス、そして母テティスがゼウスを説き伏せて連れて行ったアキレウスが暮らすとする。 (『仕事と日』170-173 /『オリュンピア祝勝歌』2.68-80)
エピメテウス
- 『仕事と日』では、プロメテウスが「オリュンポスのゼウスからの贈り物は受け取らず送り返せ」と言っておいたのに、エピメテウスはそれを忘れてパンドラを受け取り、災いが自分のものになってから気づいた。名前どおり「あとから分かる」者として描かれる。 (83-89)
- プロメテウスの名は古くから「前もって考える者」と解されてきた(ただし民間語源とする見方もある)。エピメテウスはその反対の「あとで考える者」で、兄弟の名そのものが物語の筋になっている。 (etymonline「Prometheus」。『仕事と日』89 の「災いを手にしてから気づいた」)
- 関係: spouse → pandora (『仕事と日』83-89 でヘルメスに届けられて受け取る。アポロドロス 1.7.2 では二人の娘がピュラ)
- 関係: received_gift → hermes (84-85 ゼウスの命でヘルメスがパンドラをエピメテウスのもとへ届ける)
- 関係: received_gift → zeus (85-89 「ゼウスからの贈り物は受け取るな」という兄の忠告を忘れて受け取る)
エリス
- 『仕事と日』は冒頭で説を改める。「地上にエリスは一柱ではなく二柱いる」。一方は戦と争いを育てる憎むべきエリス、もう一方は隣人が豊かなのを見て人を働かせる、夜の女神が産んだ良いエリスである。 (11-26。良いエリスの説明は 20-26)
- ヘシオドスは良い争いの例として、陶工は陶工を、大工は大工をねたみ、乞食は乞食を、歌人は歌人をねたむ、と挙げ、この争いは人間にとって良いものだと言う。 (24-26)
ヘパイストス
- 関係: creator → pandora (60-63。ゼウスの命で土と水から人間の娘の姿を形づくった)
ヘルメス
- 関係: gave_gift → pandora (67-68, 77-80。犬のような心と偽りの言葉を授け、名を告げた)
ホーラ
- 『仕事と日』では、最初の女パンドラが作られたとき、カリスたちと説得の女神ペイトが金の首飾りをかけ、髪の美しいホーライが春の花の冠をかぶせる。 (73-75)
- 関係: gave_gift → pandora (『仕事と日』73-75 春の花の冠をかぶせる)
イアペトス
- ヘシオドスでは、ゼウスがプロメテウスに呼びかけるとき「イアペトスの子よ」と言う。父イアペトス本人より、プロメテウスを指す父称として名前が残っている。 (『神統記』543-544, 559-560, 614。『仕事と日』54)
クロノス
- 同じヘシオドスの『仕事と日』では、クロノスが天を治めていた時代に神々は「黄金の種族」を作った、と理想の時代として語られる。『神統記』の暴君像と正反対の顔を持つ。 (109-120)
- さらに『仕事と日』では、ゼウスが父を縛めから解き放ち、クロノスは大洋の果ての「至福者の島」で英雄たちを治めているとされる。 (167-173)
- 黄金の種族は、クロノスの治世に神々のように暮らし、心配も苦労も老いも知らず、大地はひとりでに実りをもたらし、人々は眠りに落ちるように死んだ。 (109-120(ひとりでに実るのは117-118、眠るような死は116))
ネメシス
- 『仕事と日』は、鉄の時代の終わりには恥じらい(アイドス)とネメシス(憤り)が白い衣をまとって地上を去り、神々の仲間に加わって、人間には苦しみだけが残ると予言する。ここでのネメシスは、不正に対して人が抱くべき憤りの感覚でもある。 (197-201)
オイディプス
- 最期の場所も出典で違う。『イリアス』には「倒れたオイディポデス」の葬礼の競技がテーバイで行われたとあり、テーバイで死んだ王として扱われている。ソポクレス『コロノスのオイディプス』では、盲目となって娘アンティゴネに手を引かれて放浪し、アテナイ近郊のコロノスでテセウスに迎えられて世を去る。ヘシオドスも、「オイディプスの羊の群れ」をめぐって七つの門のテーバイで戦いがあったと記し、財産を残して死んだ王として語る。 (『イリアス』23.679-680 /『コロノスのオイディプス』/『仕事と日』161-163 / 3.5.9)
オリオン
- ヘシオドス『仕事と日』では、オリオンは農事暦の目印になる星。オリオンが初めて姿を見せたら脱穀を、オリオンとシリウスが天の中ほどに来たらぶどうの収穫を、プレイアデス、ヒュアデス、オリオンが沈んだら耕作を始めよという。プレイアデスがオリオンの力から逃れて霧の海に沈むころには、風が荒れるので船を出すな、とも言う。 (598(脱穀)、609-611(ぶどう)、615-617(耕作)、618-622(航海))
- 関係: suitor → pleiades (『仕事と日』619-620 プレイアデスがオリオンの力から逃れて海に沈む /ピンダロス『ネメア祝勝歌』2.10-12。「恋して追った」という動機は後代(ヒュギヌス『天文譜』2.21 とされる、未確認))
パンドラ
- ゼウスの命令で、ヘパイストスが土と水から人間の娘の姿に造り、アテナが技と装いを、アプロディテが魅惑を、ヘルメスが偽りの言葉と犬のような心を与えた。 (60-82)
- 名は「パンドラ(すべての贈り物)」。オリュンポスに住む神々すべてが贈り物を与えたから、とヘシオドス自身が説明する。 (80-82)
- 同じヘシオドスの『神統記』にも最初の女が造られる話があるが、そこでは名前が与えられず、「女という種族」の起源として語られるだけで、壺も出てこない。パンドラという名と壺は『仕事と日』にしかない。 (『神統記』570-593。『仕事と日』60-105 と読み比べると差が見える)
- プロメテウスの警告を忘れて弟エピメテウス(「後から考える者」)が彼女を受け取り、災いを得てから気づいた。 (83-89)
- 大甕の大きな蓋を自らの手で取り去り、人間に災いを撒き散らした。エルピス(期待・希望)だけが縁の内側に残った。 (90-105。蓋を開けるのは 94-95、エルピスが残るのは 96-99)
- 火を盗まれたゼウスは「火の代償に、人間が喜んで抱きしめる災いを与えよう」と言って声を上げて笑い、パンドラを造らせた。 (53-59)
- それまで人間は災いもつらい労働も重い病も知らずに暮らしていた。パンドラが甕の蓋を取ると災いが散らばり、病は昼も夜も音もなく人を襲う。ゼウスが病から声を奪ったからである。 (90-104)
- 関係: created_by → hephaestus (60-63。ゼウスの命で土と水をこね、人間の娘の姿に形づくった)
- 関係: created_by → zeus (53-58, 60-68。制作を命じたのはゼウス)
- 関係: received_gift → athena (63-64, 72-76。機織りの技と装いを教え、帯と飾りを与えた)
- 関係: received_gift → hermes (67-68, 77-80。犬のような心と盗人の性質、偽りの言葉を授け、名を告げた)
- 関係: received_gift → aphrodite (65-66。頭に恩寵と、人を苛む欲望を注いだ)
- 関係: enemy → prometheus (83-89。プロメテウスはゼウスからの贈り物を受け取るなと警告していた)
- 関係: owner → pandoras-jar (94-95。大甕の蓋を自らの手で取り去った)
パンドラの壺(箱)
- ヘシオドスが使う語は πίθος(ピトス)、すなわち穀物や葡萄酒を貯える大甕。小箱ではない。 (94。「甕の大きな蓋を手で取り去り」)
- ヘシオドスはこの甕が誰の持ち物で、どこから来たのかを説明しない。パンドラが持参したのか、エピメテウスの家にあったのかは原文からは決まらない。 (94-99。所有者への言及が無いこと自体が読解上の争点)
- 災いが飛び散った後、エルピス(ἐλπίς)だけが甕の縁の内側に残り、飛び出さなかった。エルピスは「希望」とも「(悪いことも含む)予期」とも訳せるため、人間に希望が残されたのか、希望まで奪われたのかで解釈が分かれる。 (96-99)
- 甕から飛び散った数えきれない災いは人間のあいだをさまよい、病は昼も夜もひとりでにやってくる。ゼウスが声を奪ったので、音もなく忍び寄る。 (100-104)
- 関係: owned_by → pandora (94-95。蓋を取り去ったのはパンドラ)
プレイアデス
- ホメロスとヘシオドスでは、プレイアデスは物語の人物ではなく星として現れる。アキレウスの盾には「プレイアデス、ヒュアデス、力強いオリオン」が刻まれ、筏で海を渡るオデュッセウスはプレイアデスを見て進路をとる。ヘシオドス『仕事と日』では「アトラスから生まれたプレイアデス」が昇るころに刈り入れを、沈むころに耕作を始めよと言い、40日間は姿を隠すとも言う。 (『イリアス』18.486 /『オデュッセイア』5.272 /『仕事と日』383-387、615-617)
- ヘシオドスは、プレイアデスが「オリオンの力強さから逃れて」霧の海に沈むころは航海をやめよと言い、ピンダロスも「山の鳩たち(ペレイアデス)から遠くないところをオリオンが行くのがふさわしい」と歌う。星どうしを、追う者と逃げる者に見立てた言い方になっている。オリオンが彼女たち(あるいは母プレイオネ)に恋して追い続けた、という恋物語の形は後代の星座誌に出てくる。 (『仕事と日』619-620 /『ネメア祝勝歌』2.10-12。恋物語の形はヒュギヌス『天文譜』2.21 とされる(未確認))
- 関係: child → atlas (アポロドーロス 3.10.1(アトラスとプレイオネの7人の娘、アルカディアのキュレネで生まれる)/『仕事と日』383 /『祭暦』5.83-84)
プロクネ
- ヘシオドス『仕事と日』はすでに、春の訪れを告げるツバメを「パンディオンの娘」と呼んでいる。パンディオンの娘をツバメとする伝えは古いが、それがどちらの娘なのかはここでは書かれていない。 (566-569)
プロメテウス
- 怒ったゼウスが人間から火を隠すと、プロメテウスは茴香(ういきょう)の茎の中に火種を隠して盗み出した。 (『神統記』565-569、『仕事と日』50-52)
- 火の代償としてゼウスは人間に「災いと引き換えの良きもの」すなわち最初の女を送った。プロメテウスの人間擁護がそのまま人間の不幸の起点になる構図。 (『神統記』570-593、『仕事と日』53-105)
- 火を盗まれたゼウスは「火の代償に、人間が喜んで抱きしめる災いを与えよう」と言って笑い、ヘパイストスに土と水から娘を作らせ、アテナ、アプロディテ、ヘルメスらに贈り物を授けさせた。 (『仕事と日』53-82)
- 関係: enemy → pandora (83-89。ゼウスからの贈り物を受け取るなと弟エピメテウスに警告したが、聞き入れられなかった)
テーバイ
- ホメロスはテーバイを「七つの門の」と呼ぶ。『イリアス』では、ディオメデスの仲間ステネロスが「父たちは愚かさゆえに滅んだが、我々はより少ない兵で、より強い城壁の七門のテーバイを落とした」と言い、父の世代の「七将」の失敗と、子の世代(エピゴノイ)の攻略に触れている。ヘシオドスも、「オイディプスの羊の群れ」をめぐって七門のテーバイで英雄たちが戦って滅んだと書く。 (『イリアス』4.403-410 /『仕事と日』161-163)