ギリシャ神話の地図
アプロディテ娘ゼウス夫ディオメデス仇アレス慰めの例ヘラ慰めの例ハデス慰めの例オケアノス父(一説)アテナ冷やかし

ディオネ

Διώνη神

愛と美の女神アプロディテにも、母がいた。少なくとも、『イリアス』の中では。

その母の名がディオネ。泡から生まれたという有名な誕生の話とは別の、もう一つのアプロディテの生まれを背負った女神である。どんな場面に出てくるのか、見ていこう。

『イリアス』の戦いのさなか。トロイア方に肩入れしたアプロディテは、戦場で息子アイネイアスを救い出そうとして、ギリシャ方の勇士に槍で手を傷つけられた。神の血が流れる。アプロディテは悲鳴を上げて息子を取り落とし、兄の軍神アレスの戦車を借りてオリュンポスへ逃げ帰った。そして、母ディオネの膝に倒れこんだ。

ディオネは娘を腕に抱き、手でなでながら、誰にこんなことをされたのかと尋ねた。人間に、と娘は答える。すると母は、神々が人間から痛い目にあわされた話を次々に語って聞かせた。軍神アレスは、巨人の兄弟に縛られて青銅の甕に13か月も閉じ込められた。女王ヘラは、ヘラクレスの三つまたの矢で右の胸を射られた。冥界の王ハデスでさえ、同じ男の矢で肩を射られ、痛みに耐えかねてオリュンポスへ癒やしを求めに来た。だから、こらえなさい、というのだ。

それから母は、娘を傷つけた男にも一言添える。神々と戦う者は長生きできない。戦から帰っても、子どもたちが膝にまとわりついて「お父さん」と呼ぶことはないだろう。そう言いながら、両手で娘の腕の神の血を拭うと、傷はふさがり、痛みも消えた。

この様子を見ていた女神アテナとヘラは、からかった。きっとアプロディテが、どこかのギリシャの女をそそのかしてトロイアの男について行かせようとして、女の金の留め金で手をひっかいたのでしょう、と。ゼウスはほほえみ、娘に、戦いはおまえの仕事ではない、結婚の喜びのほうを受け持ちなさい、と言った。『イリアス』の世界では、アプロディテは、ゼウスとディオネの娘なのである。

ところが『神統記』では、アプロディテは、切り落とされた天の神の体から海に広がった泡の中から生まれる。そこには母はいない。ディオネの名は、海と川の神オケアノスの3000人の娘たちの名を並べた中に、一度出てくるだけだ。アポロドーロスは、ディオネを、ティタンと呼ばれる古い神々の一柱とし、ゼウスとのあいだにアプロディテを産んだと書いている。

哲学者プラトンの『饗宴』には、この食い違いを逆手に取った議論がある。アプロディテは二人いるのだ。母なしに天から生まれた年上のアプロディテと、ゼウスとディオネから生まれた年下のアプロディテ、と。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ヘシオドス『神統記』、プラトン『饗宴』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』

この物語の人々

こういう風にも語られている

『イリアス』では、ディオメデスに手を傷つけられたアプロディテがオリュンポスに逃げ帰り、母ディオネの膝にすがる。ディオネは娘の傷を拭って癒やす。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

『神統記』では、ディオネはオケアノスとテテュスの娘たちの名の列挙の中に一度だけ出てくる。同じ『神統記』でアプロディテはウラノスの切られた性器の泡から生まれるので、ディオネは母とされていない。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

アポロドロスは、ウラノスとガイアの娘たち(ティタニス)としてテテュス、レア、テミス、ムネモシュネ、ポイベ、テイアと並べてディオネを挙げ、別の箇所でゼウスとのあいだにアプロディテを産んだとする。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

プラトン『饗宴』でパウサニアスは、アプロディテは二人いると論じる。母なしにウラノスから生まれた年長の「天上の(ウラニア)」アプロディテと、ゼウスとディオネの娘である年少の「万人の(パンデモス)」アプロディテである。ヘシオドスとホメロスの二つの誕生譚を、別人として両立させる解釈。

プラトン『饗宴』 前4世紀前半

もっと詳しく

ディオネは娘を慰めるために、神々も人間からひどい目にあってきたと語る。アレスはオトスとエピアルテスに青銅の壺に13か月閉じ込められ、ヘラとハデスはヘラクレスの矢に射られた。神々の「痛い思い出」がまとめて語られる珍しい場面。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

ディオネは、神々と戦う者は長くは生きられず、戦から帰っても子らが膝で「父よ」と呼ぶことはない、とディオメデスの行く末を語り、両手で娘の腕の神血を拭って傷を癒やす。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

アテナとヘラは、アプロディテがアカイアの女をトロイア人のもとへ誘おうとして金の留め金で手をひっかいたのだろうとからかい、ゼウスはほほえんで、戦いではなく結婚のことを受け持てと娘に言う。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

ほかのつながり(4人)

家族・恋愛

仲間・師弟

今の言葉に残る

ディオネ(土星の衛星)/ Dione土星の衛星ディオネは、1684年に天文学者カッシーニが見つけた。名は、『イリアス』でアプロディテの母とされる女神ディオネから。土星の衛星をクロノスの兄弟姉妹の名で呼ぶという提案に沿った命名である。表面の地形には、主にウェルギリウスの叙事詩『アエネイス』に出てくる人物や場所の名が付けられている。トロイアを逃れたアプロディテの息子の物語なので、母の名の星に、孫にあたる英雄の旅が刻まれていることになる。

次に読む

このページの出典(4件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  3. 前4世紀前半プラトン『饗宴』
  4. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』