アイスキュロス『慈しみの女神たち』の冒頭で、デルポイの巫女は神託所の主の移り変わりを語る。最初はガイア、次にテミス、三番目にティタンのポイベが、誰にも強いられずに座についた。ポイベはこれを誕生の贈り物としてポイボス(アポロン)に与え、ポイボスはその名を祖母から受け継いだ、という。
アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』 前458年
Φοίβη神
土星のまわりを回る衛星の一つに、「フェーベ」という名がある。1898年に見つかったこの星の名は、英語ではフィービーと読む。アメリカ航空宇宙局(NASA)は、この名を狩りの女神アルテミスの別名だと説明している。けれどギリシャ神話には、同じ名を持つ女神がもう一人いる。アルテミスの祖母にあたる、ティタンの女神ポイベである。

『神統記』によれば、ポイベは大地の女神ガイアと天空の神ウラノスのあいだに生まれた、古い神々ティタンの一柱だった。黄金の冠をいただく女神、と呼ばれている。
ポイベは、兄弟の神コイオスと結ばれて、二人の娘を産んだ。姉のレトは、いつも穏やかで、人にも神々にも優しい女神だった。このレトがゼウスとのあいだに産んだのが、弓の神アポロンと狩りの女神アルテミスの双子である。妹のアステリアは、のちに魔術の女神とされるヘカテを産んだ。後の時代の神話集によれば、このアステリアはゼウスに言い寄られ、逃れようと鶉の姿になって海に身を投げた。昔はその名で呼ばれていた町が、のちにデロスと呼ばれるようになったという。姉のレトが双子を産むのも、このデロスである。

いちばん面白い話は、アテナイの悲劇作家アイスキュロスの劇の冒頭にある。デルポイの神殿の巫女が、この神託所の主がどう移り変わってきたかを語る。最初に神託を下したのは大地の女神ガイア。次に、その娘の掟の女神テミス。三番目に、誰に強いられることもなく座についたのが、ティタンのポイベだった。ポイベはこの神託所を、孫が生まれたお祝いとして贈った。孫のアポロンはこうしてデルポイの主となり、その呼び名「ポイボス」も、祖母の名から受け継いだという。
アポロンは、叙事詩の中で「ポイボス・アポロン」と何度も呼ばれる。けれど『イリアス』にも『オデュッセイア』にも、祖母ポイベの名は出てこない。祖母と孫の名を結びつけて、神託所の歴史を一つの家の相続の話にしてみせたのは、アイスキュロスの劇だった。
この物語の出典: ヘシオドス『神統記』、アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』
アイスキュロス『慈しみの女神たち』の冒頭で、デルポイの巫女は神託所の主の移り変わりを語る。最初はガイア、次にテミス、三番目にティタンのポイベが、誰にも強いられずに座についた。ポイベはこれを誕生の贈り物としてポイボス(アポロン)に与え、ポイボスはその名を祖母から受け継いだ、という。
アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』 前458年
アポロドロスもティタンの娘たちの一人に挙げ、コイオスとのあいだにアステリアとレトが生まれたと書く。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
「ポイベ」という名は、このティタンだけのものではない。アポロドロスには、ディオスクロイの一人ポリュデウケスの妻になったレウキッポスの娘ポイベも出てくる。同じ名の別人なので、系図をたどるときは区別が必要。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
『神統記』では、ガイアとウラノスの子であるティタンの一柱。「黄金の冠の」という添え名で呼ばれる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
兄弟のコイオスと結ばれ、いつも穏やかで人にも神にも優しいレトと、名高いアステリアを産む。アステリアはペルセスの妻になってヘカテを産むので、ポイベはヘカテの祖母でもある。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ホメロスの二つの叙事詩に、女神ポイベの名は出てこない。孫のアポロンは「ポイボス・アポロン」と何度も呼ばれるが、祖母との関係は語られない。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
土星の衛星フェーベ / Phoebe土星の衛星フェーベ(ポイベ)は、1898年8月にアメリカの天文学者ウィリアム・ピッカリングが発見した。NASA は、土星の衛星はもともとギリシャ・ローマ神話のティタンとその子孫にちなんで名づけられたと説明しているが、フェーベそのものについては、ティタンの女神ポイベではなく「ギリシャ人がアルテミス、ローマ人がディアナと呼んだ女神の別名」と説明している。ヘシオドス『神統記』では、ティタンのポイベはレトの母で、アルテミスから見ると祖母にあたる。