出典 · 古典期(悲劇・歴史)
戦史(ペロポネソス戦争史)
トゥキュディデス · 前5世紀末 · History of the Peloponnesian War
6.54.6-7 にアテナイのアゴラの「十二神の祭壇」(前522年頃、ヒッピアスの子ペイシストラトスの建立)への言及があり、十二神信仰の年代の下限を示す。
この出典が語っていること
アケロン
- パウサニアスは、テスプロティアのキキュロスの近くにアケルシアス湖とアケロン川、そしてひどく見栄えのしないコキュトスの流れがあるとし、ホメロスはこれらを見て、冥界の川にテスプロティアの川の名を付けたのだろうと考える。トゥキュディデスは、テスプロティアを流れるアケロン川が注ぐアケルシアス湖が、エピュレの町のそばで海に出ると記す。 (パウサニアス1.17.5、トゥキュディデス1.46.4)
アルクマイオン
- 太陽が見ていない土地: トゥキュディデスは、母殺しの後に放浪するアルクマイオンにアポロンが、「母を殺した時に太陽がまだ見ていなかった土地、まだ陸でなかった土地」に住むまで恐怖から解放されないと告げた、という話を伝える。彼はアケロオス川の運んだ土砂でできたオイニアダイ周辺の土地を見つけてそこに住み、その地方は息子アカルナンの名からアカルナニアと呼ばれた。アポロドーロスもアケロオスの土砂でできた土地に住んだとする。 (トゥキュディデス 2.102.5-6 / 3.7.5, 3.7.7)
ヘリオスの牛
- 舞台のトリナキエ島は、後代にシチリア島と同一視されるようになるが、ホメロスは場所を特定していない。トゥキュディデスはシチリアの古名をトリナクリアとし、ストラボンは「シチリアは三角形なので初めトリナクリアと呼ばれ、のちに響きのよいトリナキスに変わった」と書く。つまり実在の地名の方が先にあり、ホメロスの島の名がそれに引き寄せられた可能性が高い。 (『オデュッセイア』12.127、12.135(キルケがトリナキエ島とヘリオスの牛の群れを告げる)を本文で確認。ストラボン 6.2.1 を本文で確認。トゥキュディデス 6.2.2 はシチリアの古名をトリナクリアとする。誰が最初にホメロスの島をシチリアと同定したかは辿れない)
デウカリオン
- 関係: parent → hellen (アポロドーロス 1.7.2(ゼウスの子とする説も併記)、ヘシオドス断片 Evelyn-White fr. 1、トゥキュディデス 1.3.2)
ディオニュソス
- オリュンポス十二神にディオニュソスを数えるとき、ヘスティアが外されるという説明が広く行われている。ただし古代の十二神の名簿は一定せず、ディオニュソスを含む組は実在する一方(ヘラクレイアのヘロドロスが伝えるオリュンピアの六対にはディオニュソスが入り、クロノス・レアや河神アルペイオスまで含まれる)、「ヘスティアが席を譲った」という筋を語る古代の出典は見当たらない。 (十二神信仰の確かな年代はトゥキュディデス 6.54.6-7(前522年頃のアテナイのアゴラの十二神の祭壇)まで遡る。名簿の異同とヘロドロスのオリュンピア伝承は OCD『Twelve Gods』(I. Rutherford)の項による。席の譲渡譚の古代の典拠は見つからなかった)
ハデス
- オリュンポスに住まないため、通常「オリュンポス十二神」には数えられない。ホメロスでも神々の集会にハデスは現れない。プラトン『法律』も、十二神の祭りを毎月行うとしたうえで、地下の神々は天上の神々と分け、プルトンの祭りは十二番目の月に置くとしている。 (『イリアス』20.4-74 の神々の集会にハデスの名は無く、地下で驚いて跳び上がる側(20.61-65)として描かれる。十二神信仰の確かな年代はトゥキュディデス 6.54.6-7 のアテナイのアゴラの十二神の祭壇(前522年頃)まで。名簿の異同は OCD『Twelve Gods』(I. Rutherford)の項。プラトン『法律』828b-d)
ヘレン
- ホメロスでは「ヘレネス」はギリシャ人全体の呼び名ではなく、アキレウスの率いるプティア周辺の一部族の名にすぎない。全体はダナオイ、アルゴス勢、アカイア勢と呼ばれる。トゥキュディデスはすでにこの点に気づき、ヘレンの子孫の勢力が広がるにつれて名が少しずつ広まったのだと説明している。 (『イリアス』2.681-685(ミュルミドネス、ヘレネス、アカイア勢と呼ばれた者たち)。トゥキュディデス 1.3.2-3)
- 関係: child → deucalion (アポロドーロス 1.7.2、ヘシオドス断片 Evelyn-White fr. 1、トゥキュディデス 1.3.2)
ミノス
- トゥキュディデスは、伝承で知られる最初の海軍を持ったのはミノスで、今のギリシャの海を制してキュクラデス諸島を支配し、海賊を一掃したと書く。神話の王が歴史家の筆で「最初の制海権」の主として扱われている。 (1.4.1)
オリュンポス山
- 「オリュンポス十二神」という固定した名簿は、ホメロスにもヘシオドスにも見当たらない。十二神を一組として祀る習慣の確かな証拠は前6世紀末より古くならず、トゥキュディデスはアテナイのアゴラの十二神の祭壇を前522年頃の建立とする。しかも名簿は土地ごとに違い、オリュンピアの十二神(六対)にはクロノスとレア、河神アルペイオス、ディオニュソスまで入る。 (トゥキュディデス 6.54.6-7(ヒッピアスの子ペイシストラトスによる十二神の祭壇)。名簿の異同とヘラクレイアのヘロドロスが伝えるオリュンピアの六対は OCD『Twelve Gods』(I. Rutherford)の項による)
プロクネ
- 関係: spouse → tereus (アポロドーロス 3.14.8、『変身物語』6.427-438、トゥキュディデス 2.29.3)
テレウス
- トゥキュディデスは、テレウスはオドリュサイ人の王テレスとは無関係で、当時トラキア人が住んでいたポキスのダウリスの王だった、と書く。詩人たちがナイチンゲールを「ダウリスの鳥」と呼ぶのは、イテュスの事件がそこで起きたから、とも述べる。 (2.29.3)
- 関係: spouse → procne (アポロドーロス 3.14.8、『変身物語』6.427-438、トゥキュディデス 2.29.3)
トリナキエ島
- シチリアの古い名はトリナクリアだとトゥキュディデスは書いており、この島をシチリアに重ねる見方が古代からある。ただ、誰が最初にホメロスの島とシチリアを同じだと言い出したかは辿れない。 (トゥキュディデス 6.2.2、ストラボン 6.2.1)
オリュンポス十二神
- アテナイのアゴラには十二の神々の祭壇があり、トゥキュディデスによれば、僭主ヒッピアスの子ペイシストラトスがアルコン在任中に奉納した。ヘロドトスは、プラタイアの人々がこの祭壇に嘆願者として座ったと伝える。 (トゥキュディデス6.54.6-7、ヘロドトス6.108.4)
オデュッセウスの漂流
- 寄港地は実在の場所なのか。歴史家ポリュビオスは、ホメロスは旅の舞台をシチリアの周辺に置いたと考え、スキュラの描写もスキュライオンの岩の辺りで行われる漁の様子と合うと論じた。トリナキエ島をシチリアの古名トリナクリアと結びつける見方もある。 (ストラボン 1.2.15(ポリュビオスの説として)。トゥキュディデス 6.2.2 はシチリアの古名をトリナクリアとする)