後代にはイタリア西岸のキルケーオ岬(モンテ・チルチェオ)と同一視されるようになるが、ホメロスは場所を特定していない。イタリアへの移し替えはすでに『神統記』末尾にきざしがあり(キルケがオデュッセウスに産んだ子らがテュルセノイ人を治める)、ストラボンの頃にはキルケーオに「キルケの神殿」とオデュッセウスの杯と称する品があった。誰が最初に同一視したかは辿れない。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃、ストラボン『地理誌』 1世紀初頭
Αἰαίη場所
イタリアの西の海岸に、島のように海へ突き出した山がある。古代にはキルケの山と呼ばれ、ギリシャの地理学者ストラボンによれば、そこにはキルケの神殿があり、英雄オデュッセウスのものだという杯まで見せていた。魔女キルケの島は、ここのことだと考えられるようになっていたのである。
けれども『オデュッセイア』は、その島がどこにあるかを言わない。そこはただ、アイアイエという名の島だった。どんな島だったのか、物語の中で見ていこう。
オデュッセウスの一行が、巨人たちに船団のほとんどを沈められ、ただ一隻で逃げのびてたどり着いたのが、この島である。神に導かれるように港へ入った一行は、疲れと悲しみで、2日2晩浜に伏せたまま動けなかった。
3日目、オデュッセウスは岩山に登って辺りを見渡した。果てしない海に囲まれた低い島で、茂った森の向こうに、ひと筋の煙だけが立ちのぼっている。帰り道、神の哀れみか、大きな角の鹿が川へ水を飲みに降りてきた。オデュッセウスはこれを仕留め、担いで船へ戻り、仲間たちに肉をふるまった。
煙の出どころを探りに行った仲間たちは、谷間に建つ石造りの館を見つける。館のまわりには、山の狼や獅子がうろついていた。ところが獣たちは襲いかからず、長い尾を振ってすり寄ってくる。主人の食卓から戻った飼い主にじゃれつく犬のように。住人の女神が、怪しい薬で獣たちを手なずけていたのだった。
館の主が、太陽神ヘリオスの娘、魔女キルケである。キルケは仲間たちをもてなし、薬を混ぜた酒を飲ませて杖で打ち、豚に変えてしまった。

仲間を救いに向かったオデュッセウスは、途中で伝令の神ヘルメスに出会い、魔法を打ち消す神の草を授かる。薬の効かないオデュッセウスに、キルケは降参した。仲間たちは人の姿に戻され、一行はそれから丸1年、この島でもてなしを受けて暮らした。
1年がたって、ようやく仲間たちが帰国をせがむ。キルケは、故郷へ帰るには、まず冥界へ行って予言者の霊に道を聞かねばならない、と告げた。出発の朝、いちばん若い仲間が、酔って館の屋根の上で眠っていたところを騒ぎで飛び起き、はしごを降りるのを忘れて屋根から落ち、首の骨を折って死んだ。
冥界から戻ってきた一行は、もう一度この島に上陸した。死んだ仲間を葬り、墓を築くためだ。キルケは、この先に待つ怪物たちの海の渡り方を教え、一行を送り出した。旅の中で二度訪れた場所は、この島だけだ。
『オデュッセイア』は、この島を「曙の女神の住まいと舞いの庭があり、太陽の昇るところ」とも呼んでいる。ところが冥界は、世界の西の果てにあるとされている。島の場所は、詩の中でもはっきりしない。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ストラボン『地理誌』
後代にはイタリア西岸のキルケーオ岬(モンテ・チルチェオ)と同一視されるようになるが、ホメロスは場所を特定していない。イタリアへの移し替えはすでに『神統記』末尾にきざしがあり(キルケがオデュッセウスに産んだ子らがテュルセノイ人を治める)、ストラボンの頃にはキルケーオに「キルケの神殿」とオデュッセウスの杯と称する品があった。誰が最初に同一視したかは辿れない。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃、ストラボン『地理誌』 1世紀初頭
オデュッセウスが岩に登って見渡すと、果てしない海に囲まれた低い島で、茂みと森の向こうに煙だけが立っていた。島と分かるまで2日を費やしている。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
12歌の冒頭では「そこは曙(エオス)の住まいと舞いの庭があり、太陽の昇るところ」と説明される。だが冥界は世界の西の果てにあり、地理的な整合は取れていない。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
仲間が人の姿に戻された後、一行は丸1年ここに留まる。漂流の10年のうち、カリュプソの7年に次ぐ長い停滞。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
冥界から戻った一行は再びこの島に上陸し、エルペノルを葬ってキルケの最後の助言を受ける。旅の中で二度訪れる唯一の場所であり、折り返し点になっている。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ラストリュゴネス人に船団を失った一行は、一隻でアイアイエに着き、神に導かれて港に入ったが、疲れと悲しみで2日2晩浜に伏せていた。3日目にオデュッセウスは岩に登って煙を見つけ、帰り道で水を飲みに降りてきた大角の鹿を仕留めて仲間にふるまった。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
キルケの館は谷間に建つ磨いた石の館で、まわりには山の狼と獅子がいた。キルケが悪い薬で手なずけていたため、獣たちは人に襲いかからず、主人にじゃれつく犬のように長い尾を振ってすり寄った。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
いちばん若い仲間エルペノルは、涼みたさに酔ってキルケの館の屋根で寝ていたが、出発の騒ぎで飛び起きて、はしごを降りることを忘れて屋根から落ち、首の骨を折って死んだ。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃