仲間のうち最も若く、戦でも思慮でも人並み以下だったと紹介される。涼を求めてキルケの館の屋根で眠り、騒ぎに起きて梯子を忘れ、まっすぐ落ちて首の骨を折った。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

Ἐλπήνωρ人間
仲間エルペノルの亡骸を火葬するオデュッセウスたち。17世紀の版画。 『エルペノルの亡骸を焼くオデュッセウス』 テオドール・ファン・トゥルデン 1630年ごろ フィラデルフィア美術館Public domain
英雄の冒険譚には、目立たないまま死んでいく仲間がいる。『オデュッセイア』のエルペノルは、その中でもとりわけあっけない死に方をした若者だった。
では、この若者に何が起きたのか、見ていこう。
エルペノルは、英雄オデュッセウスとともに旅をしていた仲間の一人である。『オデュッセイア』は彼を、仲間の中でいちばん若く、戦いでも思慮でも人並みに届かない男だと紹介している。
一行は、魔女キルケの館に1年間とどまっていた。いよいよ故郷へ向けて出発する前の晩、エルペノルは酒に酔い、涼しい風に当たろうと館の屋根に上がって眠り込んだ。翌朝、仲間たちの出発の騒ぎに目を覚ました彼は、長いはしごを使って降りることを忘れていた。まっすぐ屋根から落ち、首の骨を折って死んだ。
次の旅を急ぐ一行は、彼の亡骸を泣いて弔うこともなく館に残したまま、船を出した。オデュッセウスがキルケに言われて向かった先は、死者の国の入口だった。穴に犠牲の血を注ぐと、死者の霊が群がってくる。最初に近づいてきたのは、エルペノルの霊だった。まだ葬られていなかったからである。
オデュッセウスは泣いた。エルペノルよ、どうしてこの暗闇に来たのか。歩いてきたお前の方が、船で来たわたしより早かったのか。
霊は答えた。神の下した悪い定めと、飲みすぎた酒のせいです。そして頼んだ。わたしを泣きもせず葬りもせず、置き去りにしないでください。神々の怒りを招くことになります。わたしを武具と一緒に焼き、灰色の海辺に塚を築いてください。不運な男がいたことを後の人々が知るように。塚の上には、仲間と一緒に漕いでいた櫂を立ててください。
オデュッセウスは約束した。そして冥界から戻ると、一行はまずキルケの島へ引き返し、エルペノルの亡骸を焼いて、海辺に塚を築き、その上に櫂を立てた。願いは、ひとつ残らずかなえられた。

屋根から落ちた若者の死と、その弔いが、オデュッセウスの冥界への旅の入口と出口になっている。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』
仲間のうち最も若く、戦でも思慮でも人並み以下だったと紹介される。涼を求めてキルケの館の屋根で眠り、騒ぎに起きて梯子を忘れ、まっすぐ落ちて首の骨を折った。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
冥界でオデュッセウスに最初に近づく霊。まだ葬られていなかったため、テイレシアスよりも先に現れる。生者と死者の境界に取り残された存在として置かれている。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
「わたしを葬らずに去らないでくれ、神々の怒りの種になる」と頼み、武具とともに焼き、海辺に塚を築き、その上に生前漕いだ櫂を立ててくれと願う。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
冥界から戻った一行は、まずアイアイエ島に引き返して遺体を焼き、塚を築き、その上に櫂を立てる。願いが文字どおり果たされる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
彼の死と埋葬は、冥界訪問を前後から挟む枠になっている。10歌の末尾で死に、11歌の冒頭で霊として現れ、12歌の冒頭で葬られることで、物語が冥界へ入り出てくる節目が示される。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
エルペノルは冥界で、自分の死因を「神の悪い定めと、はかり知れぬ酒」と語る。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃