根は黒く、花は乳のように白い。神々はこれをモーリュと呼び、死すべき人間には掘り取るのが難しいが、神々には何でもできる、と記される。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
μῶλυ物品
白い花をつけるスノードロップ、和名マツユキソウ。この花こそ、ギリシャ神話の魔法の草だったのではないか。1983年、そんな説が医学の雑誌に発表された。その魔法の草の名が、モーリュである。
では、モーリュが物語の中でどんな働きをしたのか、見ていこう。
帰り道の英雄オデュッセウスは、魔女キルケの住む島に流れ着いた。様子を見に行った仲間たちは、キルケの出した薬入りの食事を口にし、杖で打たれて、豚に変えられてしまった。
仲間を取り戻そうと、オデュッセウスは一人で森を抜け、魔女の館へ向かった。その途中、ひげの生えかけた若者が現れて、彼の手を取った。姿を変えた神ヘルメスである。
どこへ行く、気の毒な男よ。お前の仲間はもう豚小屋に閉じ込められている。このまま行けば、お前も戻れなくなる。だが助けてやろう。ヘルメスはそう言って、地面から一本の草を引き抜いて見せた。
根は黒く、花は乳のように白い。神々はこれをモーリュと呼ぶ。死すべき人間が掘り出すのは難しいが、神々には何でもできる。
ヘルメスは、使い方もていねいに教えた。キルケはお前に薬を混ぜた飲み物をすすめるだろう。だがこの草があれば、魔法は効かない。魔女が長い杖で打ってきたら、剣を抜いて斬りかかるふりをせよ。魔女はおびえて、お前を寝床に誘うだろう。そのときは、もう悪だくみはしないと神々にかけて誓わせてから、応じよ。
オデュッセウスは言われたとおりにした。キルケの薬は効かず、杖で打たれても豚にならなかった。驚いた魔女は、彼が誰なのかを悟る。やがて約束の誓いが立てられ、仲間たちは人の姿に戻された。

モーリュが出てくるのは、『オデュッセイア』のこの一か所だけである。名前と、見た目と、効き目が短く語られるだけで、どこに生えているのかも書かれていない。だからこそ古代から今まで、実在のどの植物なのかという推測が続いてきた。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、テオプラストス『植物誌』、A. プライタキス、R. C. デュヴォアザン『ホメロスのモーリュをマツユキソウと同定する — ダチュラ中毒への生理学的解毒剤』
根は黒く、花は乳のように白い。神々はこれをモーリュと呼び、死すべき人間には掘り取るのが難しいが、神々には何でもできる、と記される。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ヘルメスはこれを持てばキルケの薬が効かないと説明し、彼女が杖で打とうとしたら剣を抜いて飛びかかれと具体的な手順まで教える。薬草単独ではなく、行動とセットの対策として与えられる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ホメロスの現存作品でモーリュが登場するのはこの一箇所だけ。名前と外見と効能が短く記されるのみで、由来も産地も語られない。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
古代から現代まで、実在の植物に当てはめる試みが繰り返されてきた。テオプラストスはすでにモーリュをアルカディアの実在の草とし、根は玉葱状、葉はスキラに似るとしたうえで、ホメロスの言うほど掘り出しにくくはないと注記する。現代ではマツユキソウ(Galanthus nivalis)とし、その成分ガランタミンがナス科植物の中毒を解くと論じた1983年の説がよく引かれる。原典は植物名を与えていないため、いずれも推定にとどまる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、テオプラストス『植物誌』 前4世紀末、A. プライタキス、R. C. デュヴォアザン『ホメロスのモーリュをマツユキソウと同定する — ダチュラ中毒への生理学的解毒剤』 1983年