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アテナ女神テレマコス若者オデュッセウス友ペネロペイアの求婚者たち敵ラエルテス友の父

メントル

Μέντωρ人間

経験の浅い人を導く助言者を「メンター」と呼ぶ。この言葉のもとになったのが、『オデュッセイア』に出てくる老人メントルである。ところが原作を読んでみると、若者を実際に導いているのは、たいていこの老人本人ではない。

では、名前だけが有名になったこの老人が、物語の中で何をしていたのか、見ていこう。

メントルは、英雄オデュッセウスの古い友人だった。オデュッセウスはトロイア戦争へ船出するとき、家のすべてをこの友に託した。老いた父の言うことに従い、万事を守ってくれ、と。

それから長い年月がたった。オデュッセウスは帰らず、屋敷には妻ペネロペイアとの結婚を迫る男たちが入り浸り、家の財産を食いつぶしていた。息子テレマコスが町の人々を集めて訴えたとき、立ち上がったのがメントルである。オデュッセウスは父のように穏やかな王だったのに、誰も覚えていない。乱暴な求婚者たちより、黙って見ているお前たちに腹が立つ。そう言って人々を叱りつけた。けれども求婚者の一人に、老いぼれの戯言だと言い返されただけで終わる。本人の目立った出番は、ほとんどこれきりだ。

その直後、海辺で祈るテレマコスの前に、メントルが現れる。姿も声もメントルそのものだが、中身は女神アテナだった。父の血を引いているなら、この旅は無駄にはならない。そう励まして、船と漕ぎ手を整え、父の消息を探す旅に連れ出した。

アテナはその後も、何度もこの老人の姿を借りる。求婚者たちとの最後の戦いの最中にも、メントルの姿で現れた。オデュッセウスを叱咤したあと、燕に姿を変えて天井の梁に飛び上がり、戦いを見守った。

そして物語の最後。討たれた求婚者の身内たちとオデュッセウスとの争いを止め、両者に誓いを結ばせたのも、メントルの姿をしたアテナだった。『オデュッセイア』は、この場面で終わる。

「導き手」の代名詞になった老人の名は、実のところ、ほとんど女神の変装として使われていた。この言葉が英語に定着した経緯は、『オデュッセイア』とは別のところにある。

この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

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オデュッセウスが船出するとき、家のすべてを託し、老ラエルテスに従って万事を守るよう命じた相手として紹介される。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

実際にテレマコスを導き船と漕ぎ手を整えるのは、メントルの姿を借りたアテナである。生身のメントル本人は民会で求婚者を叱る場面(2.224-241)にしか目立った出番がない。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

求婚者殺しの最中にもメントルの姿で現れて加勢を求められる。求婚者アゲラオスが「メントル」を脅すと、アテナはオデュッセウスを叱咤してから燕の姿になって梁に飛び上がる。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

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物語の最後、求婚者の縁者との戦いを止める場面でも、アテナはメントルの姿と声で誓いを結ばせる。『オデュッセイア』はこの姿で幕を閉じる。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

現代語の「メンター(助言者・指導者)」はこの人物名に由来する。英語の名詞としての初出は1750年で、語源辞典によれば、ホメロスよりメントルに大きな役を与えた後代の物語を通じて広まったとみられる。ホメロスでは、作中で助言するのは多くの場合メントルの姿を借りたアテナである。詳細は語源の節を参照。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

民会でメントルは、オデュッセウスは父のように穏やかな王だったのに誰も覚えていないと言い、求婚者よりも黙っている民衆に腹を立てる。求婚者レオクリトスに「たわけ者」と言い返される。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

今の言葉に残る

メンター / mentor「経験の浅い者を導く助言者」の意。『オデュッセイア』でオデュッセウスが家を託した友メントル(Mentor)の名から。名詞としての英語初出は1750年で、ホメロスよりメントルに大きな役を与えた後代の物語を通じて広まったとみられる。作中で実際に助言するのは多くの場合メントルの姿を借りたアテナである。

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このページの出典(2件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  2. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』