ギリシャ神話の地図
アテナ導き手アキレウス偽の花婿アルテミス女神アガメムノン父エレクトラ妹クリュタイムネストラ母オレステス弟カルカス予言者
横たわるイピゲネイア。レイトンの絵。

イピゲネイア

Ἰφιγένεια人間

横たわるイピゲネイア。レイトンの絵。 『イピゲネイア』 フレデリック・レイトン 1884年Public domain

父の手で祭壇に上げられた娘は、そこで死んだのか。それとも生き延びたのか。答えは、どの作品を開くかで変わる。

ギリシャ軍の総大将アガメムノンの娘、イピゲネイア。トロイア戦争の始まりに捧げられた、この娘の物語をたどってみよう。

トロイアへ向かう大艦隊は、ギリシャの港アウリスに集まっていた。ところが、船が出せない。今は失われた叙事詩『キュプリア』のあらすじによれば、原因はアガメムノン自身にあった。鹿を射止めた彼が、狩りの女神アルテミスにも勝る腕だと豪語したため、女神が怒って嵐の風を送り、船出を阻んだのだ。予言者は告げる。女神の怒りを解くには、王の娘を捧げなければならない。

アガメムノンは、娘を呼び寄せる口実をこしらえた。英雄アキレウスと結婚させる、というのだ。エウリピデスの悲劇『アウリスのイピゲネイア』では、アガメムノンは一度は軍を解散しようとしたが、弟に説き伏せられて、妻に偽りの手紙を送ったと打ち明ける。花嫁になるつもりで母とともにやって来た娘を待っていたのは、祭壇だった。

その先は、作品によって大きく分かれる。

悲劇作家アイスキュロスは、救いを描かない。合唱隊が歌うのは、声を上げられないよう口をふさがれ、祭壇の上へ山羊のように持ち上げられる娘の姿だ。娘は殺された。

エウリピデスの『アウリスのイピゲネイア』の娘は、はじめは父の膝にすがり、涙だけが私の技だと言って命乞いをする。ところが途中で心を変え、ギリシャのために自分から進んで死ぬと宣言する。劇の最後には、祭壇の上で娘の姿が消え、代わりに鹿が倒れていたと使者が報告する。ただし、この結末は後の時代に書き足されたものではないかと、古くから疑われている。

身代わりの鹿は、エウリピデスの思いつきではない。『キュプリア』のあらすじにすでに、アルテミスが祭壇の上で娘を鹿とすり替え、遠い北の異国へ運んで不死にした、とある。

祭壇の前に倒れ込む娘と、雲に乗って現れた狩りの女神、そして身代わりの鹿。
祭壇の前に倒れ込む娘と、雲に乗って現れた狩りの女神、そして身代わりの鹿。『イピゲネイアの犠牲』 ピエトロ・テスタ 1640〜1642年ごろ メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

エウリピデスはもう一本、その後の娘を描いた。『タウリケのイピゲネイア』では、生き延びたイピゲネイアが、黒海の北の異国でアルテミスの神殿の巫女になっている。この国には、流れ着いたギリシャ人を女神への生贄にするおきてがあり、その儀式を取り仕切るのが彼女だった。

ある日、二人のギリシャの若者が捕らえられてくる。イピゲネイアは一人を助けて、故郷の弟への手紙を託そうとした。手紙の中身を口で読み上げる。アウリスで殺されたイピゲネイアは生きていて、この手紙をあなたに送る、弟オレステスよ。聞いていた若者が叫んだ。そのオレステスが自分だった。

姉と弟は、神殿に祀られた女神の像を盗み出し、船で国を逃れる。最後に女神アテナが現れて、二人の行く末を定めた。

『イリアス』には、この話そのものが出てこない。アガメムノンは、三人の娘がみな家で無事に暮らしているかのように名を挙げている。その三人のうちの一人を、この娘と同じ人だと見る読み方も、古くからある。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』、アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』、エウリピデス『タウリケのイピゲネイア』、エウリピデス『アウリスのイピゲネイア』、ルクレティウス『事物の本性について』、ジェームズ・ディグル(校訂)『エウリピデス悲劇集(オックスフォード古典叢書)』

この物語の人々

こういう風にも語られている

犠牲の話は『キュプリア』の要約(プロクロス)にすでにある。アガメムノンが鹿を射て「アルテミスにも勝る」と豪語したため女神が嵐の風を送って出航を阻み、カルカスが犠牲を命じる。アキレウスとの結婚を口実に娘が呼ばれるが、アルテミスは祭壇の上で鹿とすり替え、彼女をタウロイの地へ移して不死にした。鹿の身代わりはエウリピデスの発明ではなく、この段階で既にある。

作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』 前7世紀頃

アイスキュロス『アガメムノン』の合唱歌は、猿ぐつわをかまされて祭壇の上に山羊のように持ち上げられる娘を描く。救出は語られず、彼女は殺されたものとして扱われる。

アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』 前458年

エウリピデス『アウリスのイピゲネイア』では、騙されて連れてこられた娘が途中で心を変え、ギリシャのために自ら進んで死ぬと宣言する。犠牲者ではなく主体として描き直されている。

エウリピデス『アウリスのイピゲネイア』 前405年(没後上演)

『タウリケのイピゲネイア』の冒頭で本人が語る。祭壇で殺されようとしたとき、アルテミスがアカイア人の手に鹿を渡して自分をすり替え、黒海の北のタウリケへ運んだ。そこで異邦人を生贄にする女神の巫女をしている。

エウリピデス『タウリケのイピゲネイア』 前414年頃

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ホメロスにイピゲネイアは登場せず、犠牲の話も無い。『イリアス』9巻でアガメムノンは「クリュソテミス、ラオディケ、イピアナッサ」という三人の娘を全員生きているものとして数え上げる。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

『イリアス』9.145 のイピアナッサをイピゲネイアと同じ人物とみる読みは古代からある。ルクレティウスはアウリスで犠牲にされた娘を「イピアナッサ」と呼んでおり、同一視の明確な例として古い。一方ソポクレス『エレクトラ』はイピアナッサを生きている姉妹として別に数える。名前が似ており、どちらも「力(イピ)」を含む。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ソポクレス『エレクトラ』 前410年代頃、ルクレティウス『事物の本性について』 前1世紀半ば

『アウリスのイピゲネイア』の末尾には、使者が鹿の身代わりを報告する場面がある。ただしこの結末の真正性は古くから疑われ、標準校訂版は 1532 行以降(とくに韻律の乱れる 1578 行以降)を後代の加筆として角括弧に入れる。上演された形はイピゲネイアが自ら犠牲に赴く 1531 行で終わっていたとする見方が有力。

エウリピデス『アウリスのイピゲネイア』 前405年(没後上演)、ジェームズ・ディグル(校訂)『エウリピデス悲劇集(オックスフォード古典叢書)』 1981-1994年

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『タウリケのイピゲネイア』で、イピゲネイアは捕らえた若者の一人に故郷への手紙を託し、失われた場合に備えて中身を口で読み上げる。「アウリスで殺されたイピゲネイアが生きてオレステスに送る」と聞いて、もう一人の若者が自分がオレステスだと明かす。

エウリピデス『タウリケのイピゲネイア』 前414年頃

劇の最後にアテナが現れ、オレステスには女神像をアッティカに祀るよう命じ、イピゲネイアにはブラウロンでアルテミスの鍵を預かる巫女となり、そこで死んで葬られると告げる。

エウリピデス『タウリケのイピゲネイア』 前414年頃

エウリピデス『アウリスのイピゲネイア』で、アガメムノンは一度は軍を解散させようとしたが弟メネラオスに説き伏せられ、アキレウスとの結婚を口実に娘を送れと妻に手紙を書いた、と語る。

エウリピデス『アウリスのイピゲネイア』 前405年(没後上演)

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このページの出典(9件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前7世紀頃作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』
  3. 前458年アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』
  4. 前414年頃エウリピデス『タウリケのイピゲネイア』
  5. 前410年代頃ソポクレス『エレクトラ』
  6. 前408年エウリピデス『オレステス』
  7. 前405年(没後上演)エウリピデス『アウリスのイピゲネイア』
  8. 前1世紀半ばルクレティウス『事物の本性について』
  9. 1981-1994年ジェームズ・ディグル(校訂)『エウリピデス悲劇集(オックスフォード古典叢書)』