役割は後代の伝承ほど増える。アポロドーロスの摘要では、ヘラクレスの弓が無ければ城は落ちないと告げてピロクテテスを呼び戻させ、ヘレノスが城を守る神託を知っていると言い当てる。木馬を思いつくのは摘要ではオデュッセウスだが、クイントゥスでは「もう力攻めはやめて計略に移れ」と最初に進言するのがカルカスになる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』 3〜4世紀
Κάλχας人間
一本の野生のいちじくの木に、いちじくがいくつなっているか。一万と、一枡と、あと一つ。相手の占い師がそう答え、数えてみると本当にそのとおりだった。答えられなかった側の占い師は、悲しみのあまり死んでしまう。
死んだのは、トロイア戦争でギリシャ軍の占いを一手に担ってきたカルカスだった。この占い師が戦争の中で何を見抜き、なぜそんな最期を迎えたのか、たどってみよう。
『イリアス』はカルカスを、今あることも、これから起きることも、かつて起きたことも知る者、と紹介する。光の神アポロンから授かった占いの術で、ギリシャの船団をトロイアまで導いてきた、とも。
戦争の始まる前から、カルカスの言葉は重い。後の神話集によれば、英雄アキレウスがまだ9歳のとき、この子がいなければトロイアは落ちない、と告げたのもカルカスだった。
ギリシャ軍が港町アウリスに集まったとき、犠牲を捧げる祭壇の下から大蛇が這い出し、木の上の雀の雛8羽と母鳥を呑み込んで、石に変わる。カルカスはこれを、9年戦って10年目にトロイアを落とすしるしだと解いた。失われた叙事詩『キュプリア』などでは、逆風で船が出せない原因を女神アルテミスの怒りと見抜き、総大将アガメムノンの娘を生贄に捧げよと告げたのもこの占い師である。ただし『イリアス』は、彼にその役をさせていない。

10年目、ギリシャ軍に疫病が広がった。原因を問われたカルカスは、すぐには答えなかった。これを言えば、ある強い男を怒らせる。王の怒りは恐ろしい。まず私の身を守ると約束してほしい、と。英雄アキレウスが、たとえ総大将アガメムノンでも手出しはさせないと誓うと、カルカスはようやく口を開いた。疫病は、アポロンに仕える神官を総大将が侮辱したためだ。神官の娘を身代金なしで返さなければならない、と。
アガメムノンは激怒し、カルカスを「災いの予言者」と罵った。そして娘を返す代わりに、アキレウスの捕虜の娘を取り上げる。『イリアス』の物語を動かすアキレウスの怒りは、この占いから始まった。
戦いが長引いたときも、カルカスは告げた。英雄ヘラクレスの弓と矢がなければ、トロイアは落とせない。その弓を受け継いでいたのが、島に置き去りにされていた弓の名手だった。ギリシャ軍は彼を呼び戻し、その矢が、やがてトロイアの王子パリスを射止める。
戦争が終わると、カルカスは船を捨て、仲間とともに陸路で小アジアのある町へ向かった。彼には、自分より優れた占い師に出会ったら死ぬ、という予言が下されている。
その町で宿を貸してくれたのは、アポロンの息子である占い師だった。二人は占いの腕を競い合う。いちじくの実の数を当てたのは、相手のほうだった。今度は相手が、身ごもった豚の腹に子豚が何匹いるかと尋ねた。カルカスは8匹と答える。相手は笑った。いや、9匹で、全部雄で、明日の決まった刻限に生まれる。そのとおりになった。カルカスは悲嘆のうちに死んだ。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』、アギアス(伝)『帰国物語(ノストイ)』、アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
役割は後代の伝承ほど増える。アポロドーロスの摘要では、ヘラクレスの弓が無ければ城は落ちないと告げてピロクテテスを呼び戻させ、ヘレノスが城を守る神託を知っていると言い当てる。木馬を思いつくのは摘要ではオデュッセウスだが、クイントゥスでは「もう力攻めはやめて計略に移れ」と最初に進言するのがカルカスになる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』 3〜4世紀
自分より優れた占い師に出会えば死ぬと予言されていた。戦後コロポンで、アポロンとマントの子モプソスと占いを競い、野生の無花果の実の数と孕んだ豚の子の数を当てられて負け、悲嘆のうちに死んだ。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスによれば、アキレウスが9歳のとき、カルカスはアキレウス抜きではトロイアは落ちないと告げた。そこでテティスは息子に女の服を着せて隠した。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
コロポンで予言者モプソスと競い、カルカスが野生のいちじくの実の数を問うとモプソスは「一万と一升と一つ」と答えて的中させた。モプソスが孕んだ豚の子の数を問うと、カルカスは8匹と答えたが、モプソスは9匹、すべて雄で翌日の第六時に生まれると言い、その通りになった。カルカスは悲嘆のうちに死んだ。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
疫病の原因はアポロンの神官クリュセスへの侮辱だと言い当てる。ただし口を開く前に「これを言えば強い男を怒らせる」と言い、アキレウスに身の安全を保証させてから話す。占い師が王を恐れる場面として印象的。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
「今あることも、これからあることも、かつてあったことも知る」と紹介され、アポロンから授かった占いの術でギリシャ船団をイリオスまで導いたとされる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アウリスで、蛇が雀の雛8羽と母鳥を呑んで石に変わる予兆を解き、「9年戦い、10年目にトロイアは落ちる」と予言した。この場面は『イリアス』本編ではなく、2巻でオデュッセウスが士気を立て直すために回想する形で語られる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アウリスでの逆風の原因をアルテミスの怒りと見抜き、イピゲネイアの犠牲を命じる役。『キュプリア』要約とアイスキュロス『アガメムノン』がこの役を与えるが、ホメロスは彼にこの役をさせていない。
作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』 前7世紀頃、アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』 前458年
『ノストイ』プロクロス要約 陸路でコロポンへ。アポロドロス『摘要』6.2-4 予言者モプソスとの予言比べに負けて死ぬ