「兜を剥いだ瞬間に恋に落ちた」という形で描くのは後代。クイントゥスでは、倒れた女王の美しさにアキレウス自身が痛みを覚え、ギリシャ勢が遺体に見入る場面として詳述される。
クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』 3〜4世紀

Πενθεσίλεια英雄
討ち取ったペンテシレイアを腕に抱くアキレウス。ティシュバインの絵。 『アキレウスとペンテシレイア』 ヨハン・ハインリヒ・ヴィルヘルム・ティシュバイン 1823年ごろPublic domain
槍で相手を倒し、兜を外してみると、その顔があまりに美しかった。英雄アキレウスが、自分の手で殺した女王に心を奪われる。後の詩人たちが語った場面である。
では、その女王ペンテシレイアが何者で、なぜトロイアで戦ったのか、見ていこう。
ペンテシレイアは、女だけの戦士の一族アマゾンの女王で、軍神アレスの娘だった。『イリアス』には出てこない。『イリアス』の続きを描いた叙事詩で、トロイアの総大将ヘクトルが討たれたあと、援軍としてやって来るところから登場する。その叙事詩は失われ、筋書きの要約だけが残っている。
なぜトロイアへ来たのか。アポロドーロスや、後の時代の詩人クイントゥスによれば、女王は誤って自分の姉妹を殺してしまい、その罪を清めてもらうために故郷を離れた。トロイアの老王プリアモスが、彼女の穢れを清めた。クイントゥスでは、12人のアマゾンの戦士が女王に従っている。
ヘクトルを失って城に閉じこもっていたトロイアの人々にとって、女王は久しぶりの希望だった。戦場に出た彼女は、多くのギリシャ兵を倒した。アポロドーロスは、その中にギリシャ軍の名医もいたと書いている。
けれども、最後に向き合った相手はアキレウスだった。クイントゥスの語りでは、アキレウスの槍は女王の胸を貫き、そのまま乗っていた馬までも串刺しにした。女王は馬もろとも地に倒れた。

アキレウスが兜を外すと、死んでもなお美しい顔が現れた。アキレウスの胸は痛んだ。殺さずに連れ帰って妻にすることもできたのに、と。
その様子を見て、ギリシャ兵の一人、口の悪いテルシテスがあざ笑った。女に惚れて嘆いているのか、と。アキレウスは怒りにまかせて彼の耳の下を殴りつけ、一撃で殺してしまう。失われた叙事詩の要約でも、アキレウスは女王の死を悼んでテルシテスにあざけられ、彼を殺したことになっている。その穢れを清めるため、アキレウスは島へ渡った。
女王の亡骸は、ギリシャ方からトロイア方へ返された。トロイアの人々は丁重に火葬し、骨を先代の王の墓のそばに葬った。
ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネイス』では、遠くカルタゴの神殿の壁に、トロイア戦争の場面がいくつも描かれている。その中に、三日月形の盾を持つ女戦士たちを率い、胸をあらわにして戦う女王の姿がある。故郷を失ったトロイアの王子アイネイアスは、その絵を見て涙を流した。
この物語の出典: アルクティノス(伝)『アイティオピス』、ウェルギリウス『アエネイス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』
「兜を剥いだ瞬間に恋に落ちた」という形で描くのは後代。クイントゥスでは、倒れた女王の美しさにアキレウス自身が痛みを覚え、ギリシャ勢が遺体に見入る場面として詳述される。
クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』 3〜4世紀
『アエネイス』では、カルタゴのユノ神殿の壁画に描かれたトロイア戦争の場面の一つとして、胸をあらわにして戦うペンテシレイアが現れる。アイネイアスがそれを見て涙する導入部の名場面。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
アポロドーロスでは、ペンテシレイアは誤ってヒッポリュテを殺し、プリアモスに清められた。戦場ではマカオンをはじめ多くを倒した。クイントゥスでも、姉妹殺しの穢れを清めるためにトロイアへ来たとされ、12人のアマゾンが従う。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』 3〜4世紀
クイントゥスでは、アキレウスの槍が女王の胸を貫き、さらに乗っていた馬まで串刺しにする。
クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』 3〜4世紀
遺体はトロイア方に返され、火葬された骨はラオメドンの墓のそばに葬られた。
クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』 3〜4世紀
『イリアス』には登場しない。叙事詩環の『アイティオピス』(『イリアス』の続きにあたる)の冒頭で、アマゾンの女王としてトロイアに到着するところから語られる。
アルクティノス(伝)『アイティオピス』 前7世紀頃
戦場で奮戦するがアキレウスに討たれる。トロイア勢は遺体を丁重に葬ったと要約は伝える。
アルクティノス(伝)『アイティオピス』 前7世紀頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アキレウスがその死を悼んだのを見て、テルシテスが嘲ったため、アキレウスは彼を殴り殺す。その血の穢れを清めるためレスボス島へ渡ったとされ、この一件が後の「アキレウスが恋に落ちた」という読みの起点になっている。
アルクティノス(伝)『アイティオピス』 前7世紀頃