雄羊に乗ってシゲイオンとケルソネソスの間の海の上に来たとき、ヘレは海に滑り落ちて溺れた。その海は彼女にちなんでヘレスポントスと呼ばれるようになった。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃

Ἕλλη人間
金の羊から海に落ちていくヘレと、手を伸ばす兄プリクソス。古代ローマの壁画。 『プリクソスとヘレ』 作者不詳(古代ローマの壁画)Public domain
星占いでおなじみの星座の一つ、おひつじ座。ローマの著述家ヒュギヌスの星座の本によれば、この星座の羊は、二人の子どもを背に乗せて海を渡った金の毛の雄羊だという。その背から海に落ちた少女が、ヘレである。
では、少女ヘレがなぜ空飛ぶ羊に乗ることになったのか、見ていこう。
アポロドーロスによれば、ヘレと兄プリクソスは、ギリシャ中部のある国の王と、雲の名を持つ妻ネペレのあいだに生まれた。父王はのちに、二人目の妻イノを迎える。この継母が、先妻の子どもたちを亡き者にしようとたくらんだ。
イノは国の女たちを言いくるめて、畑にまく麦の種を、男たちに知られないよう炒らせた。炒った種は芽を出さない。その年、国の畑には何も実らなかった。困った王は、デルポイの神託に使いを送る。ところがイノは使いの者たちを抱き込み、偽りのお告げを持ち帰らせた。プリクソスをゼウスの生け贄に捧げれば、飢えは終わる。
民に迫られた王は、息子を祭壇に連れて行った。そのとき母ネペレが、息子と娘をさらうように救い出した。ネペレは二人に、神ヘルメスから授かった金の毛の雄羊を与えた。羊は兄と妹を背に乗せ、空を飛んで陸と海を越えていった。
ところが、アジアとヨーロッパを隔てる細い海の上に来たとき、ヘレは羊の背から滑り落ち、海に沈んだ。その海は、それ以来「ヘレの海」、ヘレスポントスと呼ばれるようになった。
兄プリクソスは一人で東の果てのコルキスの国にたどり着き、羊をゼウスに捧げて、金の毛皮をその国の王に贈った。のちに英雄イアソンたちが船で取りに行く金の羊毛は、この毛皮である。
ヒュギヌスは、溺れて終わりではない話も伝えている。海に落ちたヘレを海の神ポセイドンが抱きとめ、二人のあいだに子が生まれたという。
ヘレスポントスという海の名は、ホメロスの『イリアス』にもすでに出てくる。ただしそこでは、少女ヘレとは結びつけられていない。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』、ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』
雄羊に乗ってシゲイオンとケルソネソスの間の海の上に来たとき、ヘレは海に滑り落ちて溺れた。その海は彼女にちなんでヘレスポントスと呼ばれるようになった。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃
ヒュギヌス『天文譜』は、海に落ちたヘレをネプトゥヌスが抱き、パイオン(あるいはエドノス)という子が生まれたという話も伝える。溺れて終わりではない別の結末。
ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』 1〜2世紀
ヘレスポントスは「ヘレの海(ポントス)」の意味で、現在のトルコのダーダネルス海峡を指す古名。神話の少女の名が、エーゲ海とマルマラ海を結ぶ海峡の名に残っている。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』 1984-94年刊、随時改訂(2026年9月閲覧)
継母イノは女たちに麦の種を炒らせて不作を起こし、デルポイへの使いを抱き込んで「プリクソスをゼウスに捧げよ」という偽の神託を持ち帰らせた。祭壇に引き出されたプリクソスを、母ネペレがヘレとともに救い、ヘルメスから授かった金の毛の雄羊を与えた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ヒュギヌスによれば、おひつじ座はプリクソスとヘレを乗せてヘレスポントスを渡った雄羊で、ネペレ(雲)がその姿を星座にしたとも、雄羊自らが毛皮をプリクソスに残して星々へ昇ったとも(エラトステネス)いう。
ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』 1〜2世紀
ヘレスポントスという地名そのものは『イリアス』にすでに出るが、ホメロスはその名をヘレと結びつけていない。海峡の名を少女ヘレの墜落で説明する話は、現存する文献ではアポロドーロスやヒュギヌスで確かめられる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃
1.9.1 ここで溺れ、海の名になった