ボレアスとの間に、娘クレオパトラとキオネ、翼のある息子ゼテスとカライスが生まれた。二人の息子はイアソンとともにアルゴ船で航海した。
オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Ὠρείθυια人間
北風の神ボレアスが、アテネの王女オレイテュイアをさらう場面。フランチェスコ・ソリメーナの作。 『エレクテウスの娘オレイテュイアをさらうボレアス』 フランチェスコ・ソリメーナ 1729年 アゼルバイジャン国立美術館Public domain
紀元前5世紀、ペルシャの大艦隊がギリシャに攻め寄せたとき、アテネの人々は神託を受けた。「婿に助けを求めよ」。アテネの婿とは誰か。人々は北風の神ボレアスに祈った。やがて嵐が起こり、ペルシャの船は壊れた。歴史家ヘロドトスが伝える話である。北風の神がアテネの婿と呼ばれたのは、昔、アテネの王女を妻にしたからだった。その王女がオレイテュイアである。
では、北風にさらわれた王女オレイテュイアの物語を見ていこう。
オレイテュイアは、アテネの王の娘である。北風の神ボレアスは、長いあいだ彼女に恋い焦がれていた。ローマの詩人オウィディウスによれば、ボレアスははじめ、力ではなく言葉で求婚した。ところが、北の国トラキアの男が、少し前にアテネの王女の一人にひどい仕打ちをしたことがあった。トラキアからやって来る北風の神も、アテネには歓迎されなかったのである。
いくら頼んでも振り向いてもらえないボレアスは、ついに怒り出した。自分としたことが、なぜ頼みごとなどしていたのか。雲を吹き払い、海を荒れさせ、樫の木をなぎ倒し、雪を固め、大地を雹で打つのが私の力だ。この力で花嫁を奪えばよかったのだ。
ボレアスが翼を打ち振ると、大地じゅうに風が吹き荒れ、海は逆立った。北風は砂ぼこりのマントを引きずって山々の頂を越え、闇に身を隠して、震えるオレイテュイアを黄褐色の翼で抱きかかえた。アポロドーロスの伝えでは、彼女はそのとき、アテネを流れるイリソス川のほとりで遊んでいたという。ボレアスは空を飛び続け、北の果ての国まで彼女を運び去った。
オレイテュイアは北風の妻となり、双子の息子を産んだ。二人は母に似ていたが、父の翼を受け継いでいた。ただし翼は生まれつきではなく、頬にひげが生えはじめるころ、鳥のように脇腹に生えてきたという。成長した双子は、英雄イアソンとともにアルゴ号に乗り、金の羊毛を求める航海に出た。
ずっと後の時代、哲学者ソクラテスは、弟子とイリソス川のほとりを歩きながら、この話を持ち出している。オレイテュイアがさらわれたのはこの辺りだったか。いや、もう少し下流だ、北風の祭壇もある。そう言ってから、この話を理屈で説明する人たちのことにも触れた。少女が風に吹かれて岩から落ちたのを、北風にさらわれたと言っただけだろう、と。けれどもソクラテスは、そういう説明に時間を使うより、まず自分自身を知るほうが先だ、と言って深入りしなかった。
この物語の出典: ヘロドトス『歴史』、プラトン『パイドロス』、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
ボレアスとの間に、娘クレオパトラとキオネ、翼のある息子ゼテスとカライスが生まれた。二人の息子はイアソンとともにアルゴ船で航海した。
オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
オウィディウスでは、ボレアスは初め穏やかに求婚したが、トラキア人テレウスの一件があったため拒まれ続けた。言葉では通じないと悟ると、「力こそ自分にふさわしい」と翼を広げてさらっていく。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
オウィディウスでは、双子の息子ゼテスとカライスは母に似て父の翼を持つが、翼は生まれつきではなく、頬にひげが生えるころ鳥のように脇腹に生えてきた。二人は成長してミニュアイ(アルゴ船の一行)とともに金羊毛を求めて船出した。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
イリソス川のほとりで遊んで(踊って)いたところを、ボレアスにさらわれた。アポロニオスでは、ケクロピア(アテナイ)からトラキアのサルペドンの岩まで運ばれ、黒い雲に包まれて妻にされる。
アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
プラトン『パイドロス』では、ソクラテスとパイドロスがイリソス川のほとりを歩きながら、この辺りでボレアスがオレイテュイアをさらったのかと話す。ソクラテスは、実際の場所はもう少し下流のアグライの聖域へ渡るあたりで、ボレアスの祭壇もあると答える。
プラトン『パイドロス』 前4世紀前半
同じ箇所でソクラテスは、「ファルマケイアと遊んでいた少女が北風に吹かれて岩から落ちたのを、ボレアスにさらわれたと言ったのだ」という合理的な解釈を紹介する。ただ、そんな説明に時間を使うより自分自身を知るほうが先だとして、深入りしない。
プラトン『パイドロス』 前4世紀前半
ペルシア戦争のとき、アテナイ人は「婿に助けを求めよ」という神託を受け、エレクテウスの娘オレイテュイアの夫であるボレアスに祈った。嵐でペルシアの船が壊れると、アテナイ人はイリソス川のほとりにボレアスの聖域を設けた。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃